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大阪府生協連「ジェンダーフォーラム協議会・学習講演会」
いま日本の男女共同参画は?~地球レベルで考え、地域で実践を~

[講師]
大阪北生活協同組合 副理事長 
三輪 昌子 氏(生活評論家)

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この夏には、日本がどれだけ「女子差別撤廃条約」を果たしてきているかという国の報告(第6回)に対して、国連の女性差別撤廃委員会が審議を行います。多分、お褒めの言葉はほとんどなく「ここはだめ」「ここはもう少し考えて」というような事を指摘されるのではないかと気になります。そういう時期でもあるので、この学習会の開催趣旨にありますように「日本の男女共同参画はどれくらい進んでいるか。男女共同参画社会に向かってどのようにみんな動き出しているか」ということをお話することになっておりますが、何しろ1時間で過去から現在に至るまでをお話するのは、少々酷です。飛ばすところも出てくるかと思いますが、また後程、皆さん方がお話合いをなさる中で出てくる疑問をご質問等でいただきたいと思います。
今という時点を考えるに際して、気づいたことがあります。私たちの世代が〈知っていて当たり前〉と考えていることが、本当に当たり前なのだろうか。津村会長にしても私にしても、現在のように男女共同参画が社会的必須条件になるもっと前、女性問題と言った頃、さらにその問題すら一般的には浮上していなかった頃から世の中に関わり続けて生きて来たわけです。男女共同参画に至る今までのことは、自分の過去の日々の中に組み込まれてしまっている。それと共に例えば「女子差別撤廃条約」と聞くと、あの時それを批准する為にどれだけ女性たちが一生懸命になったかというようなことを、実感として知っているのです。ところが「女子差別撤廃条約」を日本が賛成ですよと署名したのが1980年、そこから考えましても29年も経っているわけです。ましてや『国際婦人年』(この頃は『国際女性年』と言い替えが普通になっていますが、公式にはまだ国際婦人年と国は明記しております)から34年も経っています。ということは当時おぎゃーといっていた赤ちゃんが今34歳なんです。別の見方をしますと「知らない」「そういうことを聞いてもあんまりピンとこない」「男女参画は前々からあったのと違うの?」と言う人が今、世の中に相当数いても不思議ではないわけです。そこで、これまでの経緯を少し振り返っておく必要があるのではないかと思いました。(以下レジメ参照)。

Ⅰ はじめに……"動き"を振り返る

*地球規模で女性の人権尊重へ
〈Ⅰはじめに〉では、世界的な「動きを振り返る」のですが、一つ一つ話をしていますと、これだけで1時間どころではないので、ポイントだけをかいつまんで話します。当時、幼かった方もいらっしゃるでしょうが、そういう方は「うちの母親や叔母や近所のおばちゃんが、なんやえらい騒いではったなぁ」と思い出して、こういうことがあったんだと改めて考えていただきたいのです。
「国際女性年」も突然起こったわけではありません。そもそも国連は、1945年に設立された当初から「人権問題と平和」に最重点を置いて取り組んで来ました。人権がどんな場面でどのように侵害されているかということを検証し、その払拭に努めてきたのです。例えばこの国際女性年以外にも、国際障害者年というのもありましたね。それから国際高齢者年、国際児童年、国際住居年というのも設定されました。そういうふうに、年ごとにさまざまな分野に焦点を当てて取り組んできたのです。1975年の「国際女性年」では女の人権が地球レベルで見ても、まだまだ認められていないというので、メキシコで第1回世界女性会議が開かれました。その時の一部の報道では、今振り返えると酷いを通り越して笑うしかないと言うほどの認識不足もありました。女たちが集まって侃侃諤諤と、極端な言い方をすればヒステリーを起こしていると言わんばかりに、揶揄するような記事・報道も少なからずありました。今では、とても考えられないことです。
しかし、この「国際女性年」がそれぞれの国際○○年に比べて、取り分け重い役割を持ったのは、そのあと「国連女性の10年」が設定されたことです。「国際女性年」を一年限りの出来事にせず、10年かけてそれぞれの国が女性の人権尊重のために頑張って行こう、自分の国を見つめ直して行こうという動きに広がって行ったということです。そして、その中間の1980年に「女子差別撤廃条約」が提起されたのです。「国連女性の10年」の折り返し点になっても、一向に女性の人権尊重が進まない、その原因としては、何が女性の差別に当たるのかわかっていない。それを理解させるために、国連では前年(1979年)に条約が採択され、多くの国が集まる中間年の会議で提示して、賛成の国々の署名が行われ「うちの国もこれを持って帰って検討しましょう」という動きとなったのです。1985年、「国連女性の10年」は終わったけれど、済んだ済んだではなかった。積み残したことが多いのです。今後、それをどう解決して行くかという大きな課題が世界の国々に求められ続けました。それで第4回の世界会議が1995年、つまり「国連女性の10年」の10年後に開かれて、そこで北京宣言と行動綱領が出されました。この辺りになると、覚えていらっしゃる方も多いでしょう。ただ、関西の人間にとって1995年は阪神淡路大震災の年でした。ですから、北京会議もさることながら、まず自分たちの復興を、またその復興を支援するために私たちは何をすべきかというのが前面に出て来た年でもありました。しかし、その年がだんだん暮れに近づくにつれて、北京宣言の重みというのは報道等も通じてかなり広まって行ったと思います。その後さらに10年が経って、今度は「北京+10」と言って各国閣僚級の会合が行われました。そうしながら、国連は、それぞれの国が「女子差別撤廃条約」をどれくらいしっかり、その国のものにしているかという報告を求め続けて来たわけです。

*日本も動いた
では、日本の動きはどうでしょうか。身近なところで気づいていらっしゃる方もあるでしょう。「国際女性年」(1975年)に、国は初めて総理府に「婦人問題企画推進本部」を作りました。その後、次々と行動計画を作りながら、やっと女子差別撤廃条約を批准しました。批准というのはご存じのように絵にかいた餅を食べられるようにすることです。条約に賛成しても、絵に描いた餅で食べられなければ意味がありません。日本が批准を行ったのは1985年。「国連女性の10年」の最終年です。現在世界中で185カ国が批准していますが、まだしていない国も相当数あります。日本は、批准をするために国の法律や制度を3つ変えねばなりませんでした。その1つが国籍法。あまり詳しく申し上げる時間がありませんが、父系制から父母両系制に改めました。二つ目は学校教育で、男女が同じ中身の勉強をするということです。それまでは男女共学であっても、中学校と高校で、女の子だけが家庭科必須でした。もっと前に教育をお受けになった方はご存じだと思うのですが、1947年(昭和22年)までは、小学校も新制中学校も高等学校も家庭科を男女同じにやっていたのです。ところが、1948年からは中学校では男の子は技術科、女の子は家庭科、高校になると女の子のみ2年間家庭科必須、その時間に男の子は何をしていたか。たいてい体育をしていました。教育の中身が全く違いますね。男の子の中にも家庭科の実習室なんかを覗いて「ええなぁ、お前ら。うまいもん作って。おれも作りたいわ。」と言う子がたまにはいました。そうすると「なんや、あいつ。女みたいなやっちゃ。」とからかわれていたこともあります。男女が同じ中身の教育を受けるという「女子差別撤廃条約」に引っかかるわけですので、中学校が1993年(平成5年)、高等学校が1994年(平成6年)に男女ともに家庭科が必須ということになりました。もう一つが「男女雇用機会均等法」です。戸籍法、家庭科の男女共学必修、そして男女雇用機会均等法の施行(正確には、あたらしく制定したのではなく1972年公布の勤労婦人福祉法の抜本的改正)で、やっと女子差別撤廃条約を批准したわけです。それから後の動き、中でも法や制度の改定や新設は相当あって、このレジメに書いたのは、ごく一部です。ストーカー規制法だとか、少子化に関する法律や政策だとかもあります。たとえば母体保護法は、優生保護法を1996年には母体保護法と名前を変え、中身も変わっております。ここに書ききれないくらい法律や制度はどんどん変わったり、新たに作られたりして来ました。
しかし、実は、日本がまだやっていないことがあります。1999年に女子差別撤廃委員会より出されたところの「選択的議定書」をまだ批准していません。議定書というのは、条約をより役立つものにするためのものです。環境問題に京都議定書というのがありましたね。あれと同じように、詳しく具体的にこういうことをしますというのが議定書なんですが、女性の差別をなくすための「選択的議定書」は残念ながらまだ批准していません。絵に描いた餅のままです。先ほど条約を批准した国が185カ国あると言いましたが、議定書を批准しているのは96カ国しかありません。他の国々も半数はまだだから、日本もまだでもいいと横並びで納得してはならない問題です。

*潜在する〈間接差別〉
近年、〈女性の人権が侵害される対極には、男性も人権を侵害されている状況がある〉との観点から、法律や制度はどんどん変えられ啓発も行われるようになりました。〈女性問題〉から〈男女共同参画〉への動きです。もちろん、それに伴ってさらに多様な政策も繰り広げられています。では、現実の日本社会の様子はどうなんでしょう?今回、6回目の報告書を国連に出しました。1987年の3月に第1回の報告書を出してから、すでに5回出しております。「満点」と評価されたことはありません。なんとか及第してきたのですが、第4回5回の報告書に対しては、女子差別撤廃委員会から特に厳しく「ここは直さないとだめ。」という勧告を受けました。それは〈間接差別〉です。誰が見ても差別と分かる〈直接差別〉は一応無くなっている。法律や制度や政策の上ではちゃんとやっているけれど、間接差別ということを全く考えていないではないかと指摘されたのです。では、間接差別って何でしょうか? 一見男女差別が無いように見える、平等のように見えるけれど、実は実生活のいろんな分野や場面に差別が潜んでいる……それが間接差別です。勧告を受けて、国では男女雇用機会均等法にだけ、取りあえず間接差別の規定を盛り込みました。どんなことかと言いますと、例えば、採用条件を身長175センチ以上と決めると、多くの女性には門前払いとなります。175センチの女性がいないわけではありませんが、少ないわけですね。ということは、大方の女性は雇われないことになってきます。また総合職には、転勤を絶対しないという人は雇いませんという条件をつける。絶対転勤しないという男だって今はいます。ですが一昔前までは、男だったら転勤するのは当たり前という意識があったのです。その中で転勤は出来ませんというだけで雇えないと言われると、そのターゲットは殆んど女性になってきます。つまりそれが間接差別、そういういうことを雇う条件にしてはいけないというのが盛り込まれたのです。しかし、間接差別は雇用労働の場だけで行われているものではありません。例えば町会とか自治会とかは、概ね世帯主の名前でのみ登録することになっています。自治会や町会で実際に活動しているのは女の方が多いのに名前だけは男になっています。こういうのも、或る意味で間接差別といえます。そういうふうに細かく見ると、まだまだ、あちこちに間接差別は潜んでいます。取りあえず法で明らかにみえるところとしては、男女雇用機会均等法を改正して間接差別の規定を盛り込んだのは、一部に過ぎません。

Ⅱ 日本の現状

*世界の中では……
大雑把にこの34年を走って振り返りました。では、日本の現状はどうなんだろうというところで資料を見ていただきたい。国連の「人間開発報告書」(2007/2006)では、GEM(ジェンダー・エンパワーメント指数)が54位になっています。1997年では34位でしたが、今や54位に下がっています。この表の一番左の端のHDI(人間開発指数)では日本は8位です。GDI(ジェンダー開発指数)は13位、そしてGEMになるとド~ンと落ちて54位。HDIはその国の平均寿命だとか、教育水準だとか所得とかの国の一種の豊かさを表したものです。お金だけではありませんが、国民生活の充実した豊さといったようなものを表しています。そこでは日本は8位になっていますが、これも次回の調査では、果たして8位でおれるかどうか。例えば所得水準はどうなっているでしょう。平均寿命は当分縮まないでしょうが、教育水準は落ちるかもしれません。不況で、教育費が出せないと退学する子や進学を諦めている子がどんどん増えています。そういうことを考えると、このHDIも果たして8位を保ち続けられるだろうかと不安です。しかし、とにかくこれを調べた時点では日本は豊かな国ということになっておりました。ただ、すでに一昨年の暮れ、前の経済財政担当大臣だった大田さんが、はっきりと「もはや日本はGDP(国内総生産)で考える限り、豊かな国とは言えない」と言っております。それから、さらに1年経ってその間に大変な経済ショックが起こり、当時よりさらに辛い状況にはなっています。
GDIというのは、HDIを〈女性という観点〉から見たらどうなるかです。日本が13位にとどまっているのは、女性の所得が高いわけではありません。御存知のように、日本の女性の所得は男性に比べてかなり低い。伸びているのは女性の平均寿命で、世界一です。これがある限り、GDIはまだ当分かなり上位にいるだろうとは思います。女性の教育水準はどうでしょうか?そういうことを考えていきますと、今HDIだとかGDIが高いのも、いつまで保つかわかりません。それにしてもGEM、つまり女性の能力活用を測った指数では順位があまりにも低いのです。このように下位になったのは、日本が落ちたと言うより抜かれたのです。結果的には落ちていることになりますが、どんどん抜いて行く国が増えてきました。私たちが学校で経験した試験の点数でもそうですが、同じ点、例えば2度とも70点を取っていても、2度目の試験で80点の子がたくさん出たら、席次はずっと後ろになります。それと同じことですね。そういう意味で、どんどん抜かれて行って54位まで下がってしまったということです。頑張っているのに抜かれたのだから仕方がないと納得してはなりません。抜いて行った国があるということの重さ、しかも(私の不勉強で恥ずかしいのですが)上位の国々の中にはあまり知らない国、名前は知っているけれど地図で指し示せない国が何カ国かあります。しかし、そういう国が追い抜いて行っているという事実を考えねばならないと思います。

*身近で見ると……
身近を考えてみましょう。GEMで重視されているのは、女性がどれだけ社会に参画しているか、参加ではなく参画です。大事なことを決めるのに男性と一緒に加わっているかということです。国の審議会等では、確かに女性委員は増えています。国の「男女共同参画社会基本法」やそれに基づいた「男女共同参画基本計画」では〈2020年までに、国の審議会等の委員の10分の4がどちらかの性を超えることがあってはいけない〉としています。ややこしい言い方ですが、女ばかり多くてもいけないし男ばかり多くてもいけないということです。さらに具体的に〈まず当面2010年までには、国の審議会等に占める女性の割合は33.3%にしなさい〉と指示しています。今、女性委員の比率は、やっと32.4%になりました。多分2010年の目標値はクリア出来ると思えます。しかし問題なのは、女性のいない審議会等が存在することです。少なくはなって来ましたが、国でもまだ2つ残っています。地方自治体では女性ゼロの委員会等が、相当数あるようです。大阪市も、ひと頃は女性ゼロの審議会はなかったのですが、ある年ゼロの審議会が出てきました。地権関係や防災等それに関わる団体・組織から代表者が出る委員会等です。いわゆる充て職というのですが、委員の殆んどが男性の会長さんです。したがって、その委員会等は全員男性で占められます。代表者が男性である限り、女性ゼロの審議会等を無くすとのは非常に難しい。そこで当面の方法として、団体・組織に会長ではなく女性の役員とか上級管理職を出して下さいと促しているところです。ところが、うちにはしかるべきポストの女性がおりませんと言う組織もあります。団体・組織自体に女性の登用がなされていないわけです。
では、私たちのもっと身近なところではどうでしょうか。2006年時点で民生児童委員さんの過半数は女性です。しかし小中学校のPTAの会長に女性がなっているのは1割です。発表される統計はどうしてもちょっと古くなりますので、今は増えているかもしれませんが、2007年度の大阪では9.9%に過ぎません。小・中学校は、もっとお母さんが会長になって欲しいと思います。お父さんではいけないとは言いませんが、お母さんが実活動している割に表への出番があまりにも少な過ぎるのではないでしょうか。

*就労と家庭のはざまで
仕事に就く女性はどんどん増えて来ています。5歳刻みにその年代で何%の人々が働いているかを見る「年齢階級別労働力率」というのがあります。日本の女性は、以前から〈M字カーブ〉を描いているといわれてきました。15~20歳は学生も多いので働いている人が少なく、20歳代に入って増えて行って、30歳代の前半で出産のため離職して減り、子どもが少し大きくなると再就職するのでふたたび増えて、その後定年などで辞めるため減る。このような年代別女性就業者の割合をグラフで繋いでいくとMを描きます。欧米では、女性の場合でも日本の男性とほぼ同じ台形です。日本でも年々Mの底が昔よりは浅くなってきました。30代前半でも辞める人が減って来てはいます。出産や育児を果たしながら働き続けている女性が増えてきたということです。それでもこのMは消えていません。やはり女性が辞める大きな理由の1つに結婚や出産がるからです。また、働く女性が増えたと言っても正規の労働者でなく、過半数がパートやアルバイト、派遣で働いています。「派遣切り」という言葉が横行する今のような不況になった時には、身分の不安定な非正規労働者は、最初に職を失ってしまいます。正規の雇用労働者であっても、未だに女性の賃金は男性の7割にも満たない。法律上は男女同一労働同一賃金のはずですが、いろいろな理由をつけられて賃金格差が生じています。ましてやパートのような非正規では、正規との賃金格差は大きいし、同じパートであっても男の時給の方が高いのが普通です。雇う側から見れば、まだまだ女性は、賃金の安い、雇用を調整し易い労働者と考えられがちなのです。しかも、そういう労働者によって日本の経済はかなり支えられています。

*クローズアップしてきたワーク・ライフ・バランス
就労状況の改善と、少子化対策もあって、この頃、ワーク・ライフ・バランス(WLB)という言葉を、よく見聞きされるでしょう。これは、仕事と生活――家庭生活だけではなく、地域活動、学び、リフレッシュも含めた個人生活を調和させることです。男女ともにワーク・ライフ・バランスを進めて行こうと呼びかけられています。もちろん企業は働く人のために仕組みを考えてなくてはいけない。それは企業にとってもメリットになります。ワーク・ライフ・バランスを進めている会社は、社会的に評価されて良い人材が集まると、国は促しています。働いているほうも、女だけが、仕事に就いていても家事・育児を全て背負い込んだら、地域活動も出来ないし自分を充実させることも出来ません。それは社会全体の疲弊にも繋がります。女性は傍らにいる男性――パートナーや父親、兄弟に、仕事一辺倒から家事や育児をを分かち合い、ともに充実したと暮らしをしようと呼びかける必要があります。「あなたも仕事ばかりでは長い人生、面白くないよ。まして、老後になって地域に友達もいないことになったら大変よ。子育てっていうのは一緒にしたら楽しいよ。」と働きかけるのです。「家事・育児を女だけが担うのはしんどいから男もやって」ではだめなんですね。「子育てって楽しいよ。」「家事することって結構おもしろいのよ。気分転換にもなるし」と。楽しく誘いかけながら、ワーク・ライフ・バランスを考えよう、実践しようと促す動きが大きなうねりとなってきました。その効果も出始めていますが、ただし、まだ意識面だけです。国の世論調査によると、20歳代男女の約7割は、ワーク・ライフ・バランスを望んでいます。30歳代~69歳の働き盛りの男たちも6割は「ワーク・ライフ・バランスいいね。老後のことを考えたら地域に友達も出来るし、地域活動もやったほうがいい」と思っています。ところが、現実はどうか? 20歳代男女でワーク・ライフ・バランスを実行できているのは29%です。20歳代の4割強が仕事一辺倒の生活をしています。働き盛りはどうでしょうか。6割が望んでいるのに、現実にワーク・ライフ・バランスを行っているのは3割強です。ほとんどが仕事人間の状態です。意識は変革できても実生活とは大きなギャップがあります。ワーク・ライフ・バランスを進めていく土台には、ワークシェアリングが必要です。〈仕事を分かち合う〉ということです。1人が仕事の何もかもを抱え込むのではなく、みんなで仕事を分散して担い、分散によって生じた時間を個人生活のために使うわけです。ところが、不況になってからワーク・ライフ・バランスの思想が消えてしまって、ワークシェアリングだけが言葉として浮上して来ました。しかも本来のワークシェアリングではなくて、ワークシェアリングという名の賃下げという形に変貌してしまっているのが、今の日本です。

*学びの場では平等?
教育の分野は、どの世論調査でも「男女が平等になっている」と一番多く考えられています。実際、高校進学率には男女の差はありません。むしろ女子の方がほんの僅か上です。大学も短大まで入れると女性の進学率はかなり高いのですが、4年制大学になると、まだ男子が圧倒的に多数です。女の子は短大でいいんじゃないかという考え方が親の中にもあるし、女の子自身にもその考え方が居座っている場合がみられます。短大ではいけないとは思いませんが、今の短大は、学ぶ時間があまりにも無さ過ぎるのです。以前、数年間、或る短大で、男女共同参画の特別講義を行いました。1年生が対象でした。ところが50人いるはずだったのに20人位しかいないので「男女共同参画は関心が薄いのですか」と教務担当者に聞くと「いや、そうじゃないんです。あと30人はもう就職活動をしているのです」。4月に入ったのに夏前から就職活動をしないと間に合わないし、2年になったら研修の名目で職場に行ってしまってほとんどいない。では、一体何のために短大に入ったのでしょう。親たちの頃の短大とは変わって来てしまいました。折角入試にパスして短大の門はくぐったのに、学ぶ時間も殆ど無く就職に奔走しなくてはならない……。4年制大学でも、今は3年生から就活に走り回っています。ですが、取りあえず2年間は、学ぶ気になれば学問に向き合えます。こんな状態で、HDI(人間開発指数)の日本の教育水準は高いと言えるのでしょうか。
進学以外に、教育の場は平等と思われている要因の一つは、女性の先生の多さです。特に小学校では全国平均で先生の65%が女性です。しかし、校長になると急に女性は減って19%になってしまいます。教頭も小中合わせて4.8%です。この頃テレビのニュースで女性の校長や教頭を良く見かけますが、印象に残るから「女の校長だ」「女の教頭だ」と多いように思いますが、まだ少数だから印象が強いのですね。男性では普通すぎて印象に残らないのでしょう。教えているのは女の先生が多いけど、校長や教頭にはなっていないと子どもたちに刷り込まれがちです。もちろん先生たちの中には、ずっと現場が好きで校長や教頭になりたくないとおっしゃる方が男性にも女性にもいらっしゃいます。だから、すべてが管理職になるべきだとは考えませんが、校長・教頭を望んでいてもなれない女性が多いのは確かです。

*まだ残る「性別役割分担意識」
学問の分野では、理工系はやっぱりまだ女子が少ない(資料参照)。ほとんどが人文系です。その背後に見え隠れしているのが「固定的役割分担意識」で、未だに根強く残っています。世論調査(資料)を経年的に見ますと「妻が家庭を守るべきである」という考え方にNOと言う人が過半数を占めたのは2007年です。これはニュースにもなりました。「〈妻が家庭を守るべき〉に反対する人が初めて過半数を占めました!」と。過半数くらいで喜ぶべきことですか?と言いたいです。2007年になって「どちらかといえば」というのも入れて、やっと52.1%です。「男は仕事、女は家庭に反対」という人が52%。だけど「どちらかといえば賛成」「賛成」を足せば約45%もいます。まだ「男は仕事、女は家庭という考え方の人」が半数近くいることに、私は引っ掛かってしまいます。「女は家庭」の意識が、就労で述べたように、結婚や子どものために離職することにつながります。また定年を目前に控えながら、介護のために、辞めざるを得ないところにも絡んで来ています。さらに、少女が進学を考える時にも影響しがちです。福沢諭吉が「子を生まれてその家にあり。朝夕見るはその家の親の姿」というようなことを書いているのですが、親の考え方というのは子どもの中に滲み込んで、考え方の再生産になりがちです。

*目線を変えて検証すると
違う目線で女と男の状況を見てみましょう。DV(ドメスティック・バイオレンス=家庭内暴力)とか、介護の問題です。DVやセクシャルハラスメント、そしてストーカー。つまり性的な被害及びDVの被害者の9割は女性です。勿論男性にも被害者はいますが僅少で、ほとんどが女性です。どこかへ駈け込んで行く、もうどうしょうもなくなって逃げ出す、こういうDV被害者は増え続けています。以前は泣き寝入りしていた。ご近所に知られるのが恥ずかしいと思っていた。親に知られると心配をかけるからいけないと思っていた。私だけが我慢すればと思っていた。また、男ってこんなもんだと思っていた被害女性たちが、DVについて啓発が進んできて、声を上げ得るようになったのです。潜在化していたものが出てきたこともあります。また「逃げ出しなさいよ」と応援してくれる地域の人や仲間も増えてきました。それだけDVに対する認識が正しく理解されるようになってきたのです。それでも、保護施設等に逃げて来て、そこで安住を見つけかけているのに元の家に帰ってしまう人がいます。他人の尺度では計れない理由もあるでしょう。しかし大きな理由には、家を出ては暮らしていけないという女性の経済力の無さがあります。大阪市では、大阪市女性協会が中心となって夕陽丘基金というのを作りました。DVで逃げてきた人には、着の身着のままの場合も少なくありません。怪我をさせられて病院へ行くにも交通費、治療費が要ります。当座の経済的支えが必要というので創設した基金です。原資を増やすために女性団体等が協力して寄付したり、大阪市内の市場などにも募金箱を置かせてもらったりして、1円単位から集めています。その基金から、被害女性に交通費等のお金をお貸ししています。私の胸が熱くなったのは、お金を借りた人は必ず返して来るということなのです。育英基金で貸したお金が戻らず随分赤字が増えているという話を聞きます。しかし、夕陽丘基金は、すぐではなくても1年後、2年後であっても返してきます。中には「5千円借りました。50円ずつですが返させて下さい」との申し出もあります。貸したままで何処かへ行ってしまったというのはないのです。それは、僅かのお金であっても嬉しかったという気持ちの証しです。貸して貰えてたいへん嬉しかった。だから、今後同じような境遇の女性たちが困らないように、基金が底をつかないように返さなくてはならない。たとえ50円ずつでも必ず返す。それだけ経済的に辛いことが裏書されているわけです。
介護と性差。つまりジェンダー。ジェンダーとは生物的・身体的な性差ではなくて、社会が作った、人の意識が作った性の違い。つまり〈男は決断力があるが、女には無い〉とか〈男は家事が下手で当然。女は仕事には向いていない〉といった考え方に由来する性差です。ジェンダーについて、まだまだ誤解をしている人たちがいますが、そんな誤解がある事実も日本の現状と認識しなくてはなりません。ところで介護とジェンダー。これは前々から言われてきたことです。女は3度老いを看ると言われて来ました。まずは親の老いを看取る、次に大方は夫の老いを看取る、そして最後は自分が看取られる。それで、女は3度老いを看ると言われました。でも親の場合は夫の両親もご健在であるならば、4度親の老いを看て、その後に夫の老いを看て、最後は自分が看られるということになります。女と介護の問題、それはもう四半世紀も前から言われてきました。しかし今、もう一つの性差の問題が出ています。それは男性介護者の悲鳴です。介護が由来の殺人、無理心中というのが、ここ近年で年間に約300件起こっています。その内の加害者、というべきか無理心中の場合はご一緒に亡くなられたわけですけれど、7割が男性です。今まで女性の肩にのみかかっていた介護ですが、今や男性の肩にも重くかかってきました。老いた男性、時には働き盛りの男性にもです。働き盛りの男性の場合は仕事を辞めざるを得ないという経済不安とセットになってきます。老いた男性の場合は「男は仕事、女は家庭」の下に育って来て、日本の高度経済成長期には性別分担を良しとして働け働けと働いてきました。そんな男たちが自分の身を処することさえ充分でないのに妻を介護しなければいけない。その辛さから、行き詰まって無理心中したり、暴行、高齢者への虐待となる場合があります。その人たちも恣意的に行ったのではなく、追い詰めあれてそうなってしまったのです。しかも、男性たちの多くは〈男だから頑張れ〉と育てられてきて弱音を吐けない。女だったら「しんどいでしょ?何か手助けすることない?」と隣近所は言ってくれます。ところが、男には「しんどいでしょ?」と言ってもいいのかなとためらってしまいます。まして、普段から付き合いが無ければなおさらです。思い切って「出来ることあったら言ってちょうだい」と声をかけても「俺は男だ。人には頼らん」と歯を食いしばる男性がいるのです。そういうことが新たな介護とジェンダーの問題として出てきています。
(実はもう時間になってしまったので、大変申し訳ないですが、ここから端折って走ります)不況は、弱い立場の人たちにより厳しい状況をもたらしています。母子家庭にも冷たい風が吹いています。生活保護の母子加算が、この4月から廃止になりました。では父子家庭は?人員整理では、最初に首を切られるのが父子家庭の父親だという声が聞かれます。よく休む、早退する、子どもが熱を出した、病院に連れて行かなくてはならない。病院は延々と待たされる。また今日も休む、あいつはよく休む。そうすると、これだけ厳しい状況になって来て、誰を辞めさせるかとなると、やっぱり仕事の能率の上がらないと見られる人から辞めさせられてしまいます。

Ⅲ よその国の様子

*もともとのワークシェアリングは……
先にも述べたように、日本では、ワークシェアリングは賃下げの代名詞になってしまいました。本来のワークシェアリングはオランダで発意されたものです。オランダは、今の日本ではそれほど注目されていませんが、ワーク・ライフ・バランスを言いだしたのもオランダです。その基盤が同一労働、同一賃金。同じ内容の仕事ならば、同じ賃金を払うという原則の下で、ワークシェアリングをやってワーク・ライフ・バランスを進めています。この考え方はヨーロッパに広がり、日本へも入って来てワーク・ライフ・バランスを定着させようという動きになったのです。オランダに注目して「人間開発報告書」(資料)を見ると、上位にあるのです。HDIは9位ですが、GDIもGEMも6位です。
私たちは、男女平等の国と言えば、まず北欧。それからドイツ、フランスもよくやっていると考えていました。確かにそれらの国々はすぐれています。ドイツもフランスも、それぞれ憲法の中に男女平等を明記しています。もちろん日本国憲法も第14条「法の下の平等」を掲げています。〈性別で差別されない〉文言があります。しかし男女平等で1項をたててはいません。フランスでは、1999年に改正した憲法に「公職への男女平等参画促進」を明記しています。その背景には1990年代から盛んになったパリテ(男女同数)への人々の支持があり、男女平等参画促進法(通称パリテ法)が施行されています。ドイツでも東西が統合した時に改正された「ドイツ連邦共和国基本法」(憲法)(1994年)に「国の義務として男女同権の促進」を明記しています。「第2次男女同権法」(1994年)「公務分野の男女平等法」(2001年)も施行されています。全省庁にジェンダー主流化の考え方が浸透し各省に男女平等担当機関がおかれています。

*女性の参画を押し進めるクォーター制
アジアではフィリピンに注目したい。フィリピンでは民間企業の管理職も女性が非常に多い。これは高い女性の進学率に由来しています。韓国は日本とよく似たところがあります。しかし「女性発展基本法」「雇用平等法」も整備されています。特に注目されるのは、世界初の「国政選挙での強制的50%クォーター制(割り当て制)」(2004年)です。議員の半分を女性にするため〈立候補者の半分を女性にする〉とともに、投票結果が男性に偏らないように政党での割り当てを工夫して女性の登場をはかっています。クォーター制はドイツやフランスでも、女性の参画に大きな力を持っています。特にドイツでは、政党が自発的にクォーター制を定着させ、連邦議会の女性議員比率は3割を超えています。日本でもクォーター制を考えようという動きが数年前から出ているのですが、いつもウヤムヤになって、制度の成立が選挙時までには間に合わないままです。

*さらに踏み出すアメリカ
戦後を経験している世代の日本人からは、アメリカは男女平等のお手本みたいに思われていました。ところが、ちょっと不思議な国で、女子差別撤廃条約を批准していません。もちろん選択的議定書も批准していません。よそからの介入はお断りというアメリカ気質からだそうです。しかし、今は変わろうとしています。オバマ大統領は「女子差別撤廃条約」と「選択的議定書」の批准を公約しました。そして、ホワイトハウスに「女性・少女会議」というのを作りました。「アメリカは男女同権のように見えるけれどそうではない。間接差別も含めて、それからマイノリティの人たちの問題とも絡めて、いろいろな意味での差別がある。今、もう1度男女平等、男女の差別をなくすということを明確にしたステップを踏み出そう」というのがオバマ大統領の考え方のようです。さらにアメリカも変わるだろうと考えられます。
こうした世界の動きの中で、これから日本はどう変わって行けばよいのでしょうか。今の不況の下、いろいろな局面で萎縮して、男女共同参画など言っている場合ではない。食べて行くことが先決だというような風潮が出ています。一方、日本はもう男女共同参画はクリアしたと考えている人たちもいます。さまざまな世論調査でも〈男性が優遇されている〉という声は意外に低くなっています。国の「男女共同参画に関する国際比較調査」(2002年)を見ると、日本から見てはるかに男女平等が定着しているスウェーデンでも「男性が優遇されている」という女性の声が6割近くもあります。今の日本で、不平等感が薄くなっているのはなぜでしょう?程好い湯加減の温泉に入っている感じではないかと思えます。ですから熱さも感じないし、冷たさも感じないし。だけど湯から出たら、厳しい冷たさを感じるのです。例えば、好況時にはそれなりの職があり、収入もあった人が不況で、賃金カットになり、退社に追い込まれたり、派遣切りにあったり、パートを辞めさせられる時、風の冷たさが身にしみます。DVを見聞きすれば女性の周りを冷たい風が取り巻いていると分かります。また、介護するにしても、されるにしても男女いずれにとっても〈成熟した共同参画〉の土台はありません。そう考えると、男女平等・共同参画にもっと敏感にならないといけないのです。女性だけではなく男性にも言えることです。

Ⅳ私たちのこれからの一歩

*男女共同参画第2ステージへ
資料最後の流れ図は、これからの一歩を示唆しています。日本の向かう所として、男女共同参画推進は第2ステージへ入ろうとしています。第1ステージを卒業したとは言えませんが、いつまでも第1ステージに留まっていたのでは具体的に動かないのです。第1ステージの意義は〈意識を高めること〉でした。男女共同参画の問題点に気付く啓発が行われてきました。そして、ぬるま湯に入れる状態にまでなって来たというのが、第1ステージでした。しかし、意識だけでは、実生活の様々な課題や問題点は解決しません。そこで〈知ったこと・考えてきたことを踏まえて具体的に実行へ移行していこう〉というのが第2ステージです。実行への第1歩として何をするのかと言えば、地域での気づきと行動です。――どんな課題があるか。地域の中の幅広い分野で連携して行こう。いろんなノウハウを持っている人たちと繋がって行こう。個人だけでなく団体・組織の中にも様々なノウハウがあるはずだ。そのノウハウをお互いに出し合って、地域の中で高め合い実践して行こうです。例えば、ワーク・ライフ・バランスだって、知識で知っているのではなくて、どういうふうにすればみんなが仕事と自分の生活を調和させられるかと考えて、多様な企画をし、実現させよう。――それが第2ステージです。もちろん、国の示唆としては、自治体の男女共同参画センターの役割を打ち出しています。情報や場を提供するとともに地域の団体・組織が連携・協働する核となる働きを求めています。

*ワーク・ライフ・バランスに成功している企業
既に日本でも、地域に根ざしたワーク・ライフ・バランスが実績を上げている企業もあります。先日、NHKの生活ホットモーニングでも紹介していましたが、長野県小川村にある〈おやき〉の会社。働く人たちそれぞれが就労できる時間を上手く組み合わせて働いています。同一労働、同一賃金で、みんな同じ単位の賃金を働く時間量に合わせて受け取っています。この不況下でも、業績は伸び、若い人たちも地元にとどまって働こうとしています。また、私自身が知っている、姫路のこじんまりとしたIT企業でも、地域に根差したワークシェアリングを成功させています。今本さんという社長は、もう10数年前からワークシェアリングを取り入れています。地域にある企業だからこそやれると言います。働き手はほとんど地域の女性ですが、それぞれ就労可能な時間を突合せ、働く時間割を作る。就労時間外には、地域で子ども達を見守っている。「○○ちゃんが帰って来た。おかえり」と、仕事から帰った人が家事をしながら声掛けします。また「今日は早番で終わるから、帰りにお宅のお爺ちゃんの顔をちょっと見に行ってあげる」というようなことを互いにしている。今本さんはもちろん、そんな指示はしていません。うちの会社はワークシェアリングを上手くやって業績を上げていくだけだとおっしゃっていますが、働いている人たちが意識を変革させて、就労しつつ地域に貢献できることを考えだしており、今本さんは、それをバックアップしているのです。これからは、今まで私たちが蓄えてきた様々な知識に新しい見識を加えて「私たちは何が出来るか」を男女がともに考えて行動する時期です。足元からの取組みの始まりです。「Think globally Act locally」のキャッチフレーズは、環境問題で盛んに言われました。〈地球のことを考えて足元から実践しよう。地球がどのようにボロボロになっているかを知ると同時にゴミの分別をし、スイッチをまめに切りましょう〉が環境問題でのThink globally Act locallyです。このフレーズは男女共同参画にも言えます。女性の地位に関する国際会議(2007年)で議長を務めた有馬真喜子さんが「私たちはThink globally Act locallyでやりましょう」と呼びかけました。これこそ非常に大事なことだと思います。

Ⅴ 終わりに……未来への合言葉

*男女共同参画は「セーフティネット」
「男女共同参画」ということは、景気が悪いからしぼむものでもなく、景気が良くなったからと活発になるわけでもなく、社会の経済状況で重みが変動するものではありません。しかし、あえて言うなら、むしろ景気が悪い時の方が、私たちの生活が不安な時の方が〈より大事なこと〉なのです。セーフティネット、つまり安全網なんですね。男も女も生活の力を持っていることが、いかに大事か良く考えましょう。生活の力とは衣食住に関する事だけではありません。地域をはじめ、あらゆる局面で男女がつながっていろんな事をやって行く。例えば、生協活動もその一つです。地域で生協を盛り上げて行きましょう。網の目を密にし、生き辛くなる人をこぼさないようにするのです。生協は、地域で介護のことも考え支えあう。地域のみんなで育児に関わっていく。地域で困っているおじいさんを困ったままにしておかない、弱っているおばあさんにちょっと手を貸すというような事をしようではありませんか。しんどいよとうずくまっている人がいたら「仲間でゆっくり歩こうよ。あんたが一歩歩くなら私も一緒に一歩歩くよ」ということや「今日は私、元気が出ないねん」という人に「無理しなくてもでもいいよ。みんながいるからね」というふうな仲間づくりをして行く。それが〈男女共同参画第2ステージ〉なのだと思います。
今は置き去りにされているのかとさえ思われる「男女共同参画」。報道面にもほとんど出てこなくなった「男女共同参画」ですが、今こそ「セーフティネットとして生かしていく」時だと、私は思っています。

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この夏には、日本がどれだけ「女子差別撤廃条約」を果たしてきているかという国の報告(第6回)に対して、国連の女性差別撤廃委員会が審議を行います。多分、お褒めの言葉はほとんどなく「ここはだめ」「ここはもう少し考えて」というような事を指摘されるのではないかと気になります。そういう時期でもあるので、この学習会の開催趣旨にありますように「日本の男女共同参画はどれくらい進んでいるか。男女共同参画社会に向かってどのようにみんな動き出しているか」ということをお話することになっておりますが、何しろ1時間で過去から現在に至るまでをお話するのは、少々酷です。飛ばすところも出てくるかと思いますが、また後程、皆さん方がお話合いをなさる中で出てくる疑問をご質問等でいただきたいと思います。
今という時点を考えるに際して、気づいたことがあります。私たちの世代が〈知っていて当たり前〉と考えていることが、本当に当たり前なのだろうか。津村会長にしても私にしても、現在のように男女共同参画が社会的必須条件になるもっと前、女性問題と言った頃、さらにその問題すら一般的には浮上していなかった頃から世の中に関わり続けて生きて来たわけです。男女共同参画に至る今までのことは、自分の過去の日々の中に組み込まれてしまっている。それと共に例えば「女子差別撤廃条約」と聞くと、あの時それを批准する為にどれだけ女性たちが一生懸命になったかというようなことを、実感として知っているのです。ところが「女子差別撤廃条約」を日本が賛成ですよと署名したのが1980年、そこから考えましても29年も経っているわけです。ましてや『国際婦人年』(この頃は『国際女性年』と言い替えが普通になっていますが、公式にはまだ国際婦人年と国は明記しております)から34年も経っています。ということは当時おぎゃーといっていた赤ちゃんが今34歳なんです。別の見方をしますと「知らない」「そういうことを聞いてもあんまりピンとこない」「男女参画は前々からあったのと違うの?」と言う人が今、世の中に相当数いても不思議ではないわけです。そこで、これまでの経緯を少し振り返っておく必要があるのではないかと思いました。(以下レジメ参照)。

Ⅰ はじめに……"動き"を振り返る

*地球規模で女性の人権尊重へ
〈Ⅰはじめに〉では、世界的な「動きを振り返る」のですが、一つ一つ話をしていますと、これだけで1時間どころではないので、ポイントだけをかいつまんで話します。当時、幼かった方もいらっしゃるでしょうが、そういう方は「うちの母親や叔母や近所のおばちゃんが、なんやえらい騒いではったなぁ」と思い出して、こういうことがあったんだと改めて考えていただきたいのです。
「国際女性年」も突然起こったわけではありません。そもそも国連は、1945年に設立された当初から「人権問題と平和」に最重点を置いて取り組んで来ました。人権がどんな場面でどのように侵害されているかということを検証し、その払拭に努めてきたのです。例えばこの国際女性年以外にも、国際障害者年というのもありましたね。それから国際高齢者年、国際児童年、国際住居年というのも設定されました。そういうふうに、年ごとにさまざまな分野に焦点を当てて取り組んできたのです。1975年の「国際女性年」では女の人権が地球レベルで見ても、まだまだ認められていないというので、メキシコで第1回世界女性会議が開かれました。その時の一部の報道では、今振り返えると酷いを通り越して笑うしかないと言うほどの認識不足もありました。女たちが集まって侃侃諤諤と、極端な言い方をすればヒステリーを起こしていると言わんばかりに、揶揄するような記事・報道も少なからずありました。今では、とても考えられないことです。
しかし、この「国際女性年」がそれぞれの国際○○年に比べて、取り分け重い役割を持ったのは、そのあと「国連女性の10年」が設定されたことです。「国際女性年」を一年限りの出来事にせず、10年かけてそれぞれの国が女性の人権尊重のために頑張って行こう、自分の国を見つめ直して行こうという動きに広がって行ったということです。そして、その中間の1980年に「女子差別撤廃条約」が提起されたのです。「国連女性の10年」の折り返し点になっても、一向に女性の人権尊重が進まない、その原因としては、何が女性の差別に当たるのかわかっていない。それを理解させるために、国連では前年(1979年)に条約が採択され、多くの国が集まる中間年の会議で提示して、賛成の国々の署名が行われ「うちの国もこれを持って帰って検討しましょう」という動きとなったのです。1985年、「国連女性の10年」は終わったけれど、済んだ済んだではなかった。積み残したことが多いのです。今後、それをどう解決して行くかという大きな課題が世界の国々に求められ続けました。それで第4回の世界会議が1995年、つまり「国連女性の10年」の10年後に開かれて、そこで北京宣言と行動綱領が出されました。この辺りになると、覚えていらっしゃる方も多いでしょう。ただ、関西の人間にとって1995年は阪神淡路大震災の年でした。ですから、北京会議もさることながら、まず自分たちの復興を、またその復興を支援するために私たちは何をすべきかというのが前面に出て来た年でもありました。しかし、その年がだんだん暮れに近づくにつれて、北京宣言の重みというのは報道等も通じてかなり広まって行ったと思います。その後さらに10年が経って、今度は「北京+10」と言って各国閣僚級の会合が行われました。そうしながら、国連は、それぞれの国が「女子差別撤廃条約」をどれくらいしっかり、その国のものにしているかという報告を求め続けて来たわけです。

*日本も動いた
では、日本の動きはどうでしょうか。身近なところで気づいていらっしゃる方もあるでしょう。「国際女性年」(1975年)に、国は初めて総理府に「婦人問題企画推進本部」を作りました。その後、次々と行動計画を作りながら、やっと女子差別撤廃条約を批准しました。批准というのはご存じのように絵にかいた餅を食べられるようにすることです。条約に賛成しても、絵に描いた餅で食べられなければ意味がありません。日本が批准を行ったのは1985年。「国連女性の10年」の最終年です。現在世界中で185カ国が批准していますが、まだしていない国も相当数あります。日本は、批准をするために国の法律や制度を3つ変えねばなりませんでした。その1つが国籍法。あまり詳しく申し上げる時間がありませんが、父系制から父母両系制に改めました。二つ目は学校教育で、男女が同じ中身の勉強をするということです。それまでは男女共学であっても、中学校と高校で、女の子だけが家庭科必須でした。もっと前に教育をお受けになった方はご存じだと思うのですが、1947年(昭和22年)までは、小学校も新制中学校も高等学校も家庭科を男女同じにやっていたのです。ところが、1948年からは中学校では男の子は技術科、女の子は家庭科、高校になると女の子のみ2年間家庭科必須、その時間に男の子は何をしていたか。たいてい体育をしていました。教育の中身が全く違いますね。男の子の中にも家庭科の実習室なんかを覗いて「ええなぁ、お前ら。うまいもん作って。おれも作りたいわ。」と言う子がたまにはいました。そうすると「なんや、あいつ。女みたいなやっちゃ。」とからかわれていたこともあります。男女が同じ中身の教育を受けるという「女子差別撤廃条約」に引っかかるわけですので、中学校が1993年(平成5年)、高等学校が1994年(平成6年)に男女ともに家庭科が必須ということになりました。もう一つが「男女雇用機会均等法」です。戸籍法、家庭科の男女共学必修、そして男女雇用機会均等法の施行(正確には、あたらしく制定したのではなく1972年公布の勤労婦人福祉法の抜本的改正)で、やっと女子差別撤廃条約を批准したわけです。それから後の動き、中でも法や制度の改定や新設は相当あって、このレジメに書いたのは、ごく一部です。ストーカー規制法だとか、少子化に関する法律や政策だとかもあります。たとえば母体保護法は、優生保護法を1996年には母体保護法と名前を変え、中身も変わっております。ここに書ききれないくらい法律や制度はどんどん変わったり、新たに作られたりして来ました。
しかし、実は、日本がまだやっていないことがあります。1999年に女子差別撤廃委員会より出されたところの「選択的議定書」をまだ批准していません。議定書というのは、条約をより役立つものにするためのものです。環境問題に京都議定書というのがありましたね。あれと同じように、詳しく具体的にこういうことをしますというのが議定書なんですが、女性の差別をなくすための「選択的議定書」は残念ながらまだ批准していません。絵に描いた餅のままです。先ほど条約を批准した国が185カ国あると言いましたが、議定書を批准しているのは96カ国しかありません。他の国々も半数はまだだから、日本もまだでもいいと横並びで納得してはならない問題です。

*潜在する〈間接差別〉
近年、〈女性の人権が侵害される対極には、男性も人権を侵害されている状況がある〉との観点から、法律や制度はどんどん変えられ啓発も行われるようになりました。〈女性問題〉から〈男女共同参画〉への動きです。もちろん、それに伴ってさらに多様な政策も繰り広げられています。では、現実の日本社会の様子はどうなんでしょう?今回、6回目の報告書を国連に出しました。1987年の3月に第1回の報告書を出してから、すでに5回出しております。「満点」と評価されたことはありません。なんとか及第してきたのですが、第4回5回の報告書に対しては、女子差別撤廃委員会から特に厳しく「ここは直さないとだめ。」という勧告を受けました。それは〈間接差別〉です。誰が見ても差別と分かる〈直接差別〉は一応無くなっている。法律や制度や政策の上ではちゃんとやっているけれど、間接差別ということを全く考えていないではないかと指摘されたのです。では、間接差別って何でしょうか? 一見男女差別が無いように見える、平等のように見えるけれど、実は実生活のいろんな分野や場面に差別が潜んでいる……それが間接差別です。勧告を受けて、国では男女雇用機会均等法にだけ、取りあえず間接差別の規定を盛り込みました。どんなことかと言いますと、例えば、採用条件を身長175センチ以上と決めると、多くの女性には門前払いとなります。175センチの女性がいないわけではありませんが、少ないわけですね。ということは、大方の女性は雇われないことになってきます。また総合職には、転勤を絶対しないという人は雇いませんという条件をつける。絶対転勤しないという男だって今はいます。ですが一昔前までは、男だったら転勤するのは当たり前という意識があったのです。その中で転勤は出来ませんというだけで雇えないと言われると、そのターゲットは殆んど女性になってきます。つまりそれが間接差別、そういういうことを雇う条件にしてはいけないというのが盛り込まれたのです。しかし、間接差別は雇用労働の場だけで行われているものではありません。例えば町会とか自治会とかは、概ね世帯主の名前でのみ登録することになっています。自治会や町会で実際に活動しているのは女の方が多いのに名前だけは男になっています。こういうのも、或る意味で間接差別といえます。そういうふうに細かく見ると、まだまだ、あちこちに間接差別は潜んでいます。取りあえず法で明らかにみえるところとしては、男女雇用機会均等法を改正して間接差別の規定を盛り込んだのは、一部に過ぎません。

Ⅱ 日本の現状

*世界の中では……
大雑把にこの34年を走って振り返りました。では、日本の現状はどうなんだろうというところで資料を見ていただきたい。国連の「人間開発報告書」(2007/2006)では、GEM(ジェンダー・エンパワーメント指数)が54位になっています。1997年では34位でしたが、今や54位に下がっています。この表の一番左の端のHDI(人間開発指数)では日本は8位です。GDI(ジェンダー開発指数)は13位、そしてGEMになるとド~ンと落ちて54位。HDIはその国の平均寿命だとか、教育水準だとか所得とかの国の一種の豊かさを表したものです。お金だけではありませんが、国民生活の充実した豊さといったようなものを表しています。そこでは日本は8位になっていますが、これも次回の調査では、果たして8位でおれるかどうか。例えば所得水準はどうなっているでしょう。平均寿命は当分縮まないでしょうが、教育水準は落ちるかもしれません。不況で、教育費が出せないと退学する子や進学を諦めている子がどんどん増えています。そういうことを考えると、このHDIも果たして8位を保ち続けられるだろうかと不安です。しかし、とにかくこれを調べた時点では日本は豊かな国ということになっておりました。ただ、すでに一昨年の暮れ、前の経済財政担当大臣だった大田さんが、はっきりと「もはや日本はGDP(国内総生産)で考える限り、豊かな国とは言えない」と言っております。それから、さらに1年経ってその間に大変な経済ショックが起こり、当時よりさらに辛い状況にはなっています。
GDIというのは、HDIを〈女性という観点〉から見たらどうなるかです。日本が13位にとどまっているのは、女性の所得が高いわけではありません。御存知のように、日本の女性の所得は男性に比べてかなり低い。伸びているのは女性の平均寿命で、世界一です。これがある限り、GDIはまだ当分かなり上位にいるだろうとは思います。女性の教育水準はどうでしょうか?そういうことを考えていきますと、今HDIだとかGDIが高いのも、いつまで保つかわかりません。それにしてもGEM、つまり女性の能力活用を測った指数では順位があまりにも低いのです。このように下位になったのは、日本が落ちたと言うより抜かれたのです。結果的には落ちていることになりますが、どんどん抜いて行く国が増えてきました。私たちが学校で経験した試験の点数でもそうですが、同じ点、例えば2度とも70点を取っていても、2度目の試験で80点の子がたくさん出たら、席次はずっと後ろになります。それと同じことですね。そういう意味で、どんどん抜かれて行って54位まで下がってしまったということです。頑張っているのに抜かれたのだから仕方がないと納得してはなりません。抜いて行った国があるということの重さ、しかも(私の不勉強で恥ずかしいのですが)上位の国々の中にはあまり知らない国、名前は知っているけれど地図で指し示せない国が何カ国かあります。しかし、そういう国が追い抜いて行っているという事実を考えねばならないと思います。

*身近で見ると……
身近を考えてみましょう。GEMで重視されているのは、女性がどれだけ社会に参画しているか、参加ではなく参画です。大事なことを決めるのに男性と一緒に加わっているかということです。国の審議会等では、確かに女性委員は増えています。国の「男女共同参画社会基本法」やそれに基づいた「男女共同参画基本計画」では〈2020年までに、国の審議会等の委員の10分の4がどちらかの性を超えることがあってはいけない〉としています。ややこしい言い方ですが、女ばかり多くてもいけないし男ばかり多くてもいけないということです。さらに具体的に〈まず当面2010年までには、国の審議会等に占める女性の割合は33.3%にしなさい〉と指示しています。今、女性委員の比率は、やっと32.4%になりました。多分2010年の目標値はクリア出来ると思えます。しかし問題なのは、女性のいない審議会等が存在することです。少なくはなって来ましたが、国でもまだ2つ残っています。地方自治体では女性ゼロの委員会等が、相当数あるようです。大阪市も、ひと頃は女性ゼロの審議会はなかったのですが、ある年ゼロの審議会が出てきました。地権関係や防災等それに関わる団体・組織から代表者が出る委員会等です。いわゆる充て職というのですが、委員の殆んどが男性の会長さんです。したがって、その委員会等は全員男性で占められます。代表者が男性である限り、女性ゼロの審議会等を無くすとのは非常に難しい。そこで当面の方法として、団体・組織に会長ではなく女性の役員とか上級管理職を出して下さいと促しているところです。ところが、うちにはしかるべきポストの女性がおりませんと言う組織もあります。団体・組織自体に女性の登用がなされていないわけです。
では、私たちのもっと身近なところではどうでしょうか。2006年時点で民生児童委員さんの過半数は女性です。しかし小中学校のPTAの会長に女性がなっているのは1割です。発表される統計はどうしてもちょっと古くなりますので、今は増えているかもしれませんが、2007年度の大阪では9.9%に過ぎません。小・中学校は、もっとお母さんが会長になって欲しいと思います。お父さんではいけないとは言いませんが、お母さんが実活動している割に表への出番があまりにも少な過ぎるのではないでしょうか。

*就労と家庭のはざまで
仕事に就く女性はどんどん増えて来ています。5歳刻みにその年代で何%の人々が働いているかを見る「年齢階級別労働力率」というのがあります。日本の女性は、以前から〈M字カーブ〉を描いているといわれてきました。15~20歳は学生も多いので働いている人が少なく、20歳代に入って増えて行って、30歳代の前半で出産のため離職して減り、子どもが少し大きくなると再就職するのでふたたび増えて、その後定年などで辞めるため減る。このような年代別女性就業者の割合をグラフで繋いでいくとMを描きます。欧米では、女性の場合でも日本の男性とほぼ同じ台形です。日本でも年々Mの底が昔よりは浅くなってきました。30代前半でも辞める人が減って来てはいます。出産や育児を果たしながら働き続けている女性が増えてきたということです。それでもこのMは消えていません。やはり女性が辞める大きな理由の1つに結婚や出産がるからです。また、働く女性が増えたと言っても正規の労働者でなく、過半数がパートやアルバイト、派遣で働いています。「派遣切り」という言葉が横行する今のような不況になった時には、身分の不安定な非正規労働者は、最初に職を失ってしまいます。正規の雇用労働者であっても、未だに女性の賃金は男性の7割にも満たない。法律上は男女同一労働同一賃金のはずですが、いろいろな理由をつけられて賃金格差が生じています。ましてやパートのような非正規では、正規との賃金格差は大きいし、同じパートであっても男の時給の方が高いのが普通です。雇う側から見れば、まだまだ女性は、賃金の安い、雇用を調整し易い労働者と考えられがちなのです。しかも、そういう労働者によって日本の経済はかなり支えられています。

*クローズアップしてきたワーク・ライフ・バランス
就労状況の改善と、少子化対策もあって、この頃、ワーク・ライフ・バランス(WLB)という言葉を、よく見聞きされるでしょう。これは、仕事と生活――家庭生活だけではなく、地域活動、学び、リフレッシュも含めた個人生活を調和させることです。男女ともにワーク・ライフ・バランスを進めて行こうと呼びかけられています。もちろん企業は働く人のために仕組みを考えてなくてはいけない。それは企業にとってもメリットになります。ワーク・ライフ・バランスを進めている会社は、社会的に評価されて良い人材が集まると、国は促しています。働いているほうも、女だけが、仕事に就いていても家事・育児を全て背負い込んだら、地域活動も出来ないし自分を充実させることも出来ません。それは社会全体の疲弊にも繋がります。女性は傍らにいる男性――パートナーや父親、兄弟に、仕事一辺倒から家事や育児をを分かち合い、ともに充実したと暮らしをしようと呼びかける必要があります。「あなたも仕事ばかりでは長い人生、面白くないよ。まして、老後になって地域に友達もいないことになったら大変よ。子育てっていうのは一緒にしたら楽しいよ。」と働きかけるのです。「家事・育児を女だけが担うのはしんどいから男もやって」ではだめなんですね。「子育てって楽しいよ。」「家事することって結構おもしろいのよ。気分転換にもなるし」と。楽しく誘いかけながら、ワーク・ライフ・バランスを考えよう、実践しようと促す動きが大きなうねりとなってきました。その効果も出始めていますが、ただし、まだ意識面だけです。国の世論調査によると、20歳代男女の約7割は、ワーク・ライフ・バランスを望んでいます。30歳代~69歳の働き盛りの男たちも6割は「ワーク・ライフ・バランスいいね。老後のことを考えたら地域に友達も出来るし、地域活動もやったほうがいい」と思っています。ところが、現実はどうか? 20歳代男女でワーク・ライフ・バランスを実行できているのは29%です。20歳代の4割強が仕事一辺倒の生活をしています。働き盛りはどうでしょうか。6割が望んでいるのに、現実にワーク・ライフ・バランスを行っているのは3割強です。ほとんどが仕事人間の状態です。意識は変革できても実生活とは大きなギャップがあります。ワーク・ライフ・バランスを進めていく土台には、ワークシェアリングが必要です。〈仕事を分かち合う〉ということです。1人が仕事の何もかもを抱え込むのではなく、みんなで仕事を分散して担い、分散によって生じた時間を個人生活のために使うわけです。ところが、不況になってからワーク・ライフ・バランスの思想が消えてしまって、ワークシェアリングだけが言葉として浮上して来ました。しかも本来のワークシェアリングではなくて、ワークシェアリングという名の賃下げという形に変貌してしまっているのが、今の日本です。

*学びの場では平等?
教育の分野は、どの世論調査でも「男女が平等になっている」と一番多く考えられています。実際、高校進学率には男女の差はありません。むしろ女子の方がほんの僅か上です。大学も短大まで入れると女性の進学率はかなり高いのですが、4年制大学になると、まだ男子が圧倒的に多数です。女の子は短大でいいんじゃないかという考え方が親の中にもあるし、女の子自身にもその考え方が居座っている場合がみられます。短大ではいけないとは思いませんが、今の短大は、学ぶ時間があまりにも無さ過ぎるのです。以前、数年間、或る短大で、男女共同参画の特別講義を行いました。1年生が対象でした。ところが50人いるはずだったのに20人位しかいないので「男女共同参画は関心が薄いのですか」と教務担当者に聞くと「いや、そうじゃないんです。あと30人はもう就職活動をしているのです」。4月に入ったのに夏前から就職活動をしないと間に合わないし、2年になったら研修の名目で職場に行ってしまってほとんどいない。では、一体何のために短大に入ったのでしょう。親たちの頃の短大とは変わって来てしまいました。折角入試にパスして短大の門はくぐったのに、学ぶ時間も殆ど無く就職に奔走しなくてはならない……。4年制大学でも、今は3年生から就活に走り回っています。ですが、取りあえず2年間は、学ぶ気になれば学問に向き合えます。こんな状態で、HDI(人間開発指数)の日本の教育水準は高いと言えるのでしょうか。
進学以外に、教育の場は平等と思われている要因の一つは、女性の先生の多さです。特に小学校では全国平均で先生の65%が女性です。しかし、校長になると急に女性は減って19%になってしまいます。教頭も小中合わせて4.8%です。この頃テレビのニュースで女性の校長や教頭を良く見かけますが、印象に残るから「女の校長だ」「女の教頭だ」と多いように思いますが、まだ少数だから印象が強いのですね。男性では普通すぎて印象に残らないのでしょう。教えているのは女の先生が多いけど、校長や教頭にはなっていないと子どもたちに刷り込まれがちです。もちろん先生たちの中には、ずっと現場が好きで校長や教頭になりたくないとおっしゃる方が男性にも女性にもいらっしゃいます。だから、すべてが管理職になるべきだとは考えませんが、校長・教頭を望んでいてもなれない女性が多いのは確かです。

*まだ残る「性別役割分担意識」
学問の分野では、理工系はやっぱりまだ女子が少ない(資料参照)。ほとんどが人文系です。その背後に見え隠れしているのが「固定的役割分担意識」で、未だに根強く残っています。世論調査(資料)を経年的に見ますと「妻が家庭を守るべきである」という考え方にNOと言う人が過半数を占めたのは2007年です。これはニュースにもなりました。「〈妻が家庭を守るべき〉に反対する人が初めて過半数を占めました!」と。過半数くらいで喜ぶべきことですか?と言いたいです。2007年になって「どちらかといえば」というのも入れて、やっと52.1%です。「男は仕事、女は家庭に反対」という人が52%。だけど「どちらかといえば賛成」「賛成」を足せば約45%もいます。まだ「男は仕事、女は家庭という考え方の人」が半数近くいることに、私は引っ掛かってしまいます。「女は家庭」の意識が、就労で述べたように、結婚や子どものために離職することにつながります。また定年を目前に控えながら、介護のために、辞めざるを得ないところにも絡んで来ています。さらに、少女が進学を考える時にも影響しがちです。福沢諭吉が「子を生まれてその家にあり。朝夕見るはその家の親の姿」というようなことを書いているのですが、親の考え方というのは子どもの中に滲み込んで、考え方の再生産になりがちです。

*目線を変えて検証すると
違う目線で女と男の状況を見てみましょう。DV(ドメスティック・バイオレンス=家庭内暴力)とか、介護の問題です。DVやセクシャルハラスメント、そしてストーカー。つまり性的な被害及びDVの被害者の9割は女性です。勿論男性にも被害者はいますが僅少で、ほとんどが女性です。どこかへ駈け込んで行く、もうどうしょうもなくなって逃げ出す、こういうDV被害者は増え続けています。以前は泣き寝入りしていた。ご近所に知られるのが恥ずかしいと思っていた。親に知られると心配をかけるからいけないと思っていた。私だけが我慢すればと思っていた。また、男ってこんなもんだと思っていた被害女性たちが、DVについて啓発が進んできて、声を上げ得るようになったのです。潜在化していたものが出てきたこともあります。また「逃げ出しなさいよ」と応援してくれる地域の人や仲間も増えてきました。それだけDVに対する認識が正しく理解されるようになってきたのです。それでも、保護施設等に逃げて来て、そこで安住を見つけかけているのに元の家に帰ってしまう人がいます。他人の尺度では計れない理由もあるでしょう。しかし大きな理由には、家を出ては暮らしていけないという女性の経済力の無さがあります。大阪市では、大阪市女性協会が中心となって夕陽丘基金というのを作りました。DVで逃げてきた人には、着の身着のままの場合も少なくありません。怪我をさせられて病院へ行くにも交通費、治療費が要ります。当座の経済的支えが必要というので創設した基金です。原資を増やすために女性団体等が協力して寄付したり、大阪市内の市場などにも募金箱を置かせてもらったりして、1円単位から集めています。その基金から、被害女性に交通費等のお金をお貸ししています。私の胸が熱くなったのは、お金を借りた人は必ず返して来るということなのです。育英基金で貸したお金が戻らず随分赤字が増えているという話を聞きます。しかし、夕陽丘基金は、すぐではなくても1年後、2年後であっても返してきます。中には「5千円借りました。50円ずつですが返させて下さい」との申し出もあります。貸したままで何処かへ行ってしまったというのはないのです。それは、僅かのお金であっても嬉しかったという気持ちの証しです。貸して貰えてたいへん嬉しかった。だから、今後同じような境遇の女性たちが困らないように、基金が底をつかないように返さなくてはならない。たとえ50円ずつでも必ず返す。それだけ経済的に辛いことが裏書されているわけです。
介護と性差。つまりジェンダー。ジェンダーとは生物的・身体的な性差ではなくて、社会が作った、人の意識が作った性の違い。つまり〈男は決断力があるが、女には無い〉とか〈男は家事が下手で当然。女は仕事には向いていない〉といった考え方に由来する性差です。ジェンダーについて、まだまだ誤解をしている人たちがいますが、そんな誤解がある事実も日本の現状と認識しなくてはなりません。ところで介護とジェンダー。これは前々から言われてきたことです。女は3度老いを看ると言われて来ました。まずは親の老いを看取る、次に大方は夫の老いを看取る、そして最後は自分が看取られる。それで、女は3度老いを看ると言われました。でも親の場合は夫の両親もご健在であるならば、4度親の老いを看て、その後に夫の老いを看て、最後は自分が看られるということになります。女と介護の問題、それはもう四半世紀も前から言われてきました。しかし今、もう一つの性差の問題が出ています。それは男性介護者の悲鳴です。介護が由来の殺人、無理心中というのが、ここ近年で年間に約300件起こっています。その内の加害者、というべきか無理心中の場合はご一緒に亡くなられたわけですけれど、7割が男性です。今まで女性の肩にのみかかっていた介護ですが、今や男性の肩にも重くかかってきました。老いた男性、時には働き盛りの男性にもです。働き盛りの男性の場合は仕事を辞めざるを得ないという経済不安とセットになってきます。老いた男性の場合は「男は仕事、女は家庭」の下に育って来て、日本の高度経済成長期には性別分担を良しとして働け働けと働いてきました。そんな男たちが自分の身を処することさえ充分でないのに妻を介護しなければいけない。その辛さから、行き詰まって無理心中したり、暴行、高齢者への虐待となる場合があります。その人たちも恣意的に行ったのではなく、追い詰めあれてそうなってしまったのです。しかも、男性たちの多くは〈男だから頑張れ〉と育てられてきて弱音を吐けない。女だったら「しんどいでしょ?何か手助けすることない?」と隣近所は言ってくれます。ところが、男には「しんどいでしょ?」と言ってもいいのかなとためらってしまいます。まして、普段から付き合いが無ければなおさらです。思い切って「出来ることあったら言ってちょうだい」と声をかけても「俺は男だ。人には頼らん」と歯を食いしばる男性がいるのです。そういうことが新たな介護とジェンダーの問題として出てきています。
(実はもう時間になってしまったので、大変申し訳ないですが、ここから端折って走ります)不況は、弱い立場の人たちにより厳しい状況をもたらしています。母子家庭にも冷たい風が吹いています。生活保護の母子加算が、この4月から廃止になりました。では父子家庭は?人員整理では、最初に首を切られるのが父子家庭の父親だという声が聞かれます。よく休む、早退する、子どもが熱を出した、病院に連れて行かなくてはならない。病院は延々と待たされる。また今日も休む、あいつはよく休む。そうすると、これだけ厳しい状況になって来て、誰を辞めさせるかとなると、やっぱり仕事の能率の上がらないと見られる人から辞めさせられてしまいます。

Ⅲ よその国の様子

*もともとのワークシェアリングは……
先にも述べたように、日本では、ワークシェアリングは賃下げの代名詞になってしまいました。本来のワークシェアリングはオランダで発意されたものです。オランダは、今の日本ではそれほど注目されていませんが、ワーク・ライフ・バランスを言いだしたのもオランダです。その基盤が同一労働、同一賃金。同じ内容の仕事ならば、同じ賃金を払うという原則の下で、ワークシェアリングをやってワーク・ライフ・バランスを進めています。この考え方はヨーロッパに広がり、日本へも入って来てワーク・ライフ・バランスを定着させようという動きになったのです。オランダに注目して「人間開発報告書」(資料)を見ると、上位にあるのです。HDIは9位ですが、GDIもGEMも6位です。
私たちは、男女平等の国と言えば、まず北欧。それからドイツ、フランスもよくやっていると考えていました。確かにそれらの国々はすぐれています。ドイツもフランスも、それぞれ憲法の中に男女平等を明記しています。もちろん日本国憲法も第14条「法の下の平等」を掲げています。〈性別で差別されない〉文言があります。しかし男女平等で1項をたててはいません。フランスでは、1999年に改正した憲法に「公職への男女平等参画促進」を明記しています。その背景には1990年代から盛んになったパリテ(男女同数)への人々の支持があり、男女平等参画促進法(通称パリテ法)が施行されています。ドイツでも東西が統合した時に改正された「ドイツ連邦共和国基本法」(憲法)(1994年)に「国の義務として男女同権の促進」を明記しています。「第2次男女同権法」(1994年)「公務分野の男女平等法」(2001年)も施行されています。全省庁にジェンダー主流化の考え方が浸透し各省に男女平等担当機関がおかれています。

*女性の参画を押し進めるクォーター制
アジアではフィリピンに注目したい。フィリピンでは民間企業の管理職も女性が非常に多い。これは高い女性の進学率に由来しています。韓国は日本とよく似たところがあります。しかし「女性発展基本法」「雇用平等法」も整備されています。特に注目されるのは、世界初の「国政選挙での強制的50%クォーター制(割り当て制)」(2004年)です。議員の半分を女性にするため〈立候補者の半分を女性にする〉とともに、投票結果が男性に偏らないように政党での割り当てを工夫して女性の登場をはかっています。クォーター制はドイツやフランスでも、女性の参画に大きな力を持っています。特にドイツでは、政党が自発的にクォーター制を定着させ、連邦議会の女性議員比率は3割を超えています。日本でもクォーター制を考えようという動きが数年前から出ているのですが、いつもウヤムヤになって、制度の成立が選挙時までには間に合わないままです。

*さらに踏み出すアメリカ
戦後を経験している世代の日本人からは、アメリカは男女平等のお手本みたいに思われていました。ところが、ちょっと不思議な国で、女子差別撤廃条約を批准していません。もちろん選択的議定書も批准していません。よそからの介入はお断りというアメリカ気質からだそうです。しかし、今は変わろうとしています。オバマ大統領は「女子差別撤廃条約」と「選択的議定書」の批准を公約しました。そして、ホワイトハウスに「女性・少女会議」というのを作りました。「アメリカは男女同権のように見えるけれどそうではない。間接差別も含めて、それからマイノリティの人たちの問題とも絡めて、いろいろな意味での差別がある。今、もう1度男女平等、男女の差別をなくすということを明確にしたステップを踏み出そう」というのがオバマ大統領の考え方のようです。さらにアメリカも変わるだろうと考えられます。
こうした世界の動きの中で、これから日本はどう変わって行けばよいのでしょうか。今の不況の下、いろいろな局面で萎縮して、男女共同参画など言っている場合ではない。食べて行くことが先決だというような風潮が出ています。一方、日本はもう男女共同参画はクリアしたと考えている人たちもいます。さまざまな世論調査でも〈男性が優遇されている〉という声は意外に低くなっています。国の「男女共同参画に関する国際比較調査」(2002年)を見ると、日本から見てはるかに男女平等が定着しているスウェーデンでも「男性が優遇されている」という女性の声が6割近くもあります。今の日本で、不平等感が薄くなっているのはなぜでしょう?程好い湯加減の温泉に入っている感じではないかと思えます。ですから熱さも感じないし、冷たさも感じないし。だけど湯から出たら、厳しい冷たさを感じるのです。例えば、好況時にはそれなりの職があり、収入もあった人が不況で、賃金カットになり、退社に追い込まれたり、派遣切りにあったり、パートを辞めさせられる時、風の冷たさが身にしみます。DVを見聞きすれば女性の周りを冷たい風が取り巻いていると分かります。また、介護するにしても、されるにしても男女いずれにとっても〈成熟した共同参画〉の土台はありません。そう考えると、男女平等・共同参画にもっと敏感にならないといけないのです。女性だけではなく男性にも言えることです。

Ⅳ私たちのこれからの一歩

*男女共同参画第2ステージへ
資料最後の流れ図は、これからの一歩を示唆しています。日本の向かう所として、男女共同参画推進は第2ステージへ入ろうとしています。第1ステージを卒業したとは言えませんが、いつまでも第1ステージに留まっていたのでは具体的に動かないのです。第1ステージの意義は〈意識を高めること〉でした。男女共同参画の問題点に気付く啓発が行われてきました。そして、ぬるま湯に入れる状態にまでなって来たというのが、第1ステージでした。しかし、意識だけでは、実生活の様々な課題や問題点は解決しません。そこで〈知ったこと・考えてきたことを踏まえて具体的に実行へ移行していこう〉というのが第2ステージです。実行への第1歩として何をするのかと言えば、地域での気づきと行動です。――どんな課題があるか。地域の中の幅広い分野で連携して行こう。いろんなノウハウを持っている人たちと繋がって行こう。個人だけでなく団体・組織の中にも様々なノウハウがあるはずだ。そのノウハウをお互いに出し合って、地域の中で高め合い実践して行こうです。例えば、ワーク・ライフ・バランスだって、知識で知っているのではなくて、どういうふうにすればみんなが仕事と自分の生活を調和させられるかと考えて、多様な企画をし、実現させよう。――それが第2ステージです。もちろん、国の示唆としては、自治体の男女共同参画センターの役割を打ち出しています。情報や場を提供するとともに地域の団体・組織が連携・協働する核となる働きを求めています。

*ワーク・ライフ・バランスに成功している企業
既に日本でも、地域に根ざしたワーク・ライフ・バランスが実績を上げている企業もあります。先日、NHKの生活ホットモーニングでも紹介していましたが、長野県小川村にある〈おやき〉の会社。働く人たちそれぞれが就労できる時間を上手く組み合わせて働いています。同一労働、同一賃金で、みんな同じ単位の賃金を働く時間量に合わせて受け取っています。この不況下でも、業績は伸び、若い人たちも地元にとどまって働こうとしています。また、私自身が知っている、姫路のこじんまりとしたIT企業でも、地域に根差したワークシェアリングを成功させています。今本さんという社長は、もう10数年前からワークシェアリングを取り入れています。地域にある企業だからこそやれると言います。働き手はほとんど地域の女性ですが、それぞれ就労可能な時間を突合せ、働く時間割を作る。就労時間外には、地域で子ども達を見守っている。「○○ちゃんが帰って来た。おかえり」と、仕事から帰った人が家事をしながら声掛けします。また「今日は早番で終わるから、帰りにお宅のお爺ちゃんの顔をちょっと見に行ってあげる」というようなことを互いにしている。今本さんはもちろん、そんな指示はしていません。うちの会社はワークシェアリングを上手くやって業績を上げていくだけだとおっしゃっていますが、働いている人たちが意識を変革させて、就労しつつ地域に貢献できることを考えだしており、今本さんは、それをバックアップしているのです。これからは、今まで私たちが蓄えてきた様々な知識に新しい見識を加えて「私たちは何が出来るか」を男女がともに考えて行動する時期です。足元からの取組みの始まりです。「Think globally Act locally」のキャッチフレーズは、環境問題で盛んに言われました。〈地球のことを考えて足元から実践しよう。地球がどのようにボロボロになっているかを知ると同時にゴミの分別をし、スイッチをまめに切りましょう〉が環境問題でのThink globally Act locallyです。このフレーズは男女共同参画にも言えます。女性の地位に関する国際会議(2007年)で議長を務めた有馬真喜子さんが「私たちはThink globally Act locallyでやりましょう」と呼びかけました。これこそ非常に大事なことだと思います。

Ⅴ 終わりに……未来への合言葉

*男女共同参画は「セーフティネット」
「男女共同参画」ということは、景気が悪いからしぼむものでもなく、景気が良くなったからと活発になるわけでもなく、社会の経済状況で重みが変動するものではありません。しかし、あえて言うなら、むしろ景気が悪い時の方が、私たちの生活が不安な時の方が〈より大事なこと〉なのです。セーフティネット、つまり安全網なんですね。男も女も生活の力を持っていることが、いかに大事か良く考えましょう。生活の力とは衣食住に関する事だけではありません。地域をはじめ、あらゆる局面で男女がつながっていろんな事をやって行く。例えば、生協活動もその一つです。地域で生協を盛り上げて行きましょう。網の目を密にし、生き辛くなる人をこぼさないようにするのです。生協は、地域で介護のことも考え支えあう。地域のみんなで育児に関わっていく。地域で困っているおじいさんを困ったままにしておかない、弱っているおばあさんにちょっと手を貸すというような事をしようではありませんか。しんどいよとうずくまっている人がいたら「仲間でゆっくり歩こうよ。あんたが一歩歩くなら私も一緒に一歩歩くよ」ということや「今日は私、元気が出ないねん」という人に「無理しなくてもでもいいよ。みんながいるからね」というふうな仲間づくりをして行く。それが〈男女共同参画第2ステージ〉なのだと思います。
今は置き去りにされているのかとさえ思われる「男女共同参画」。報道面にもほとんど出てこなくなった「男女共同参画」ですが、今こそ「セーフティネットとして生かしていく」時だと、私は思っています。
[講師]
大阪北生活協同組合 副理事長 
三輪 昌子 氏(生活評論家)