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2008年度大阪府生協連「社会福祉問題研修会」を開催『基礎年金・公費負担方式の提案―皆保障体制をめざして―』

Ⅰ.公的年金制度に期待される機能  Ⅱ 日本の公的年金制度の仕組みと現状
Ⅲ 日本の公的年金制度の問題点  Ⅳ 基礎年金・公費負担方式化が世論の動向
Ⅴ 公的年金制度のゆくえ


[講師] 佛教大学 社会福祉学部  教授 里見 賢治 氏
■日時:2008年7月30日(水)  ■場所:大阪府社会福祉会館5階第1会議室
『基礎年金・公費負担方式の提案―皆保障体制をめざして』

Ⅲ 日本の公的年金制度の問題点


1.年金給付水準の問題点
① 基礎年金の給付水準
日本の公的制度の1番大きな問題は何かと言いますと、2つありまして、1つは年金給付水準の問題です。分かり易く言いますと年金額の問題だということです。先ほど申し上げましたように、公的年金制度で期待されていますのは、ナショナル・ミニマムを普遍的に保障する。つまり、健康で文化的な最低限度の生活を営めるようなものを保障する。ということに、日本の保障制度はなっていますか?という問題ですね。
1番目は基礎年金の給付水準です。年金とは3つの理由で出てきます。歳を取った場合は老齢基礎年金、重度の障害を負ったという場合は、基礎年金から障害基礎年金というのが出ます。それで、一家の働き手が亡くなったという場合は遺族基礎年金というのが出てくるわけですね。その水準はご承知の通り40年間保険料を納め続けたという場合で、年によって変化しますが、現在の水準は年額792, 100円です。これは月額に直しますと66,008円です。ですから、66,008円で健康で文化的な最低限度の生活が出来るかというと、これは無理ですよね。確実に無理です。生活扶助基準でさえ現在80,000円を超えています。ですから、40年間保険料を納め続けたという場合でさえこの程度の収入です。現在まだ40年間納め続けていない人の方が多いわけですね。例えば、私は大学時代加入していなかったと言いましたが、ですから、私が年金制度と接触をするというのは大学の教師になった時からです。実は大学院の時代にも社会保障なんてやっていなかったのですね。経済政策論というのが私の専門ということになっていました。おまけに、私は大学はすっと4年で卒業しまして、大学院もマスターは2年ですっと出たのですが、ドクターに何故か5年半位いたのです。ですから、全部足しますと10年以上いて、大学の教師になった時は30歳寸前だったのです。それまでは年金制度に入っていなかったわけですね。私は基礎年金から言えば、40年の加入期間を60歳までに満たすことは不可能です。30年ちょっとです。私の基礎年金額はこの額にはならないということが今から分かっているわけですね。大体4分の3位ですから、50,000円行きますかねという位です。とにかく、日本の年金制度というのは社会保険方式を取っていますので、40年保険料を納めた人はこれだけ、30年だったらその分減額しますよ、というやり方を取っています。これが2ページの1番上に書いてある「加入期間比例制」を取っているということになります。従って、とてもじゃないけれどナショナル・ミニマムを普遍的に保障する水準にはなっていないということです。しかも、皆さんもご承知の通り、後期高齢者医療制度というのが今年の4月に始まって大不評ですよね。そのお陰で政府は新たに減免措置を追加するというのでいろいろやっていますが、それで出てくる資料を見ていますと、随分年金の低い人がいるんだなということがよく分かります。年金がこの程度しか無い人には、これだけ減免するとか、例えば基礎年金だけしか無い人は保険料を減額するとかで、基礎年金しか無い人は700万人くらいいるとかで、基礎年金でも満額貰えてない人もいますよね。後期高齢者医療制度というのは年額18万円、年額ですよ。つまり月額1万5千円以上の人は保険料を年金天引きで取るということです。そういう人が現実にいるということですね。年金額が30万円以下の人がどれだけいるのかというデータで、随分いることがはっきりしてきているので、とてもじゃないけれど基礎年金でナショナル・ミニマムを普遍的に保障するなんてありえないということです。

② 厚生年金のモデル年金額の虚構性
では、厚生年金は大丈夫かといいますと、厚生年金も随分いい加減な話ですが、厚生労働省は厚生年金のモデル年金を公表していますので、レジメに書いておきましたのでご覧いただきたいのですが、モデル年金額は基礎年金を入れて232,592円だというのですね。そんなに貰っているのかというと、そうではないのですね。厚生労働省が言っているモデル世帯とは何かと言いますと、夫が40年間厚生年金に加入していて、妻は40年間結婚していてずっと専業主婦であったという、かなり非現実的な場合を指してるんですね。それは兎も角としてこの世帯で年金額が232,592円となると言っているのです。これを分解しますと、妻の分も含めているのです。夫自身の厚生年金と基礎年金と妻の基礎年金と全部たして合計で232,592円になりますよと、こういうことです。夫の分だけで言えば、166,584円で、厚生年金の水準とはその程度だということですね。もちろん、もう少し早くリタイアしている人はもう少しましですよ。だんだん年金の条件は低下してきています。この20年間年金の給付水準は抑える方向でずっとやって来ましたから、じりじり下がって来ています。ですから、もっと早くリタイアした人はもっと高いのですが、これからリタイアするという人の厚生年金というのは、夫分だけで言うと相当抑えられているというのが実態です。従って、年金の給付水準だけでもナショナル・ミニマムを普遍的に保障する水準になっているかという点ではかなり問題があるということです。

2.皆年金体制の空洞化
(1)基礎年金第1号被保険者の免除率・滞納率
それから、それ以上に皆年金体制の空洞化が起こって来ているということです。基礎年金で日本に住んでいる20歳以上の人はすべてどこかの年金制度に入っているはずだというのは建前なんですね。つまり、働いている人はここに入っているはずだ。その配偶者はここに入っているはずだ。自営業だとか学生だとかはここに入っているはずだ。全部はずだという言葉がついています。だけど、実態の方はそうはなっていないということが、随分前から明らかになっている訳ですね。これが基礎年金第1号被保険者で、この人々は保険料を個別に支払っているわけです。この人々の保険料というのは現在月額14,410円で、自営業をやっている人は奥さんも第1号被保険者になりますので、2人分28,820円払うということになっています。では、例えば民間の事業所に勤めている人は厚生年金の保険料としてそこに納めるわけですね。現在、厚生年金の保険料は殆んど15%に近い、14,996%だったと思いますが、月収の15%を本人と雇い主とで折半してるわけですね。企業が半分払い、本人が半分払うのですが、その15%の中に基礎年金の分も含んでるわけです。従って、ここへ払った分の中から基礎年金拠出金という形で支出しています。公務員も同じです。では、第3号被保険者、つまりサラリーマンや公務員に養われている配偶者はどうなるのかといいますと、この人々は個別には保険料を負担していません。では、この人々の年金給付のためにコストがかかりますが、これをどうしてるかと言いますと、例えばこの人の夫が厚生年金に加入しているとすると、厚生年金が配偶者の分もまとめて基礎年金拠出金として払うのです。公務員の場合は共済組合がまとめて払います。夫が負担しているわけでもないのですね。厚生年金全体が負担しているのですから、勿論夫も少しは負担しているのです。だけど、関係のないシングルで働いている男性も女性も、人の奥さんの分をちょっと負担しているわけですね。共働きで働いているご夫婦も、人の奥さんの分をちょっと負担しているわけです。これがいわゆる第3号被保険者問題と言われる問題なんですね。分かり易く言えば、何が悲しくて人の奥さんの保険料まで払わないといけないかということですね。そういう矛盾もはらんでいるのです。
話を戻しまして、第1号被保険者は個別に14,410円を払っています。14,410円というのは、結構きつい額ではありますよね。所得が10万円しかない人にとって14%の負担になりますよね。結構きついので払えないという人が出てきます。そういう人に対してはご承知の通り、社会保険庁が審査して「なるほど、あんたは払えんやろ」と認めてくれるという制度があります。そういうのを免除制度と言います。それから、社会保険庁は認めてくれないけれど、実際払えないというケースもあります。例えば、私が今自営業をやっていたとして、商売がうまくいかなくなって保険料が払えないというのを社会保険庁に申請します。そうすると社会保険庁は私について、持ち家かどうか、民間の生命保険に入ってないかどうかなどを審査します。そして、それをポイントに換算して一定の基準に達したら「なるほど、君は払えない」と言ってくれます。しかし、一定の基準を少しでも越えたら認めてくれないのですね。その時は「あんたは払える」と言います。社会保険庁が「あんたは払える」と言ってくれたからといって、私が突然お金持ちになるわけでもなんでないのですね。苦しいのは苦しいのです。そうすると、やっぱり年金の保険料を払っているよりは女房子どもを食わせるほうが先だというので払わないということになると、これが滞納になるわけですね。これが、特に最近記録的に上がって来ています。ちょっと資料を付けておきました。5ページを開いていただきますと「国民年金の免除率・滞納率の推移」というので、少し細かい表なんですが、左から2列目に免除率というのがあります。この国民年金というのは1961年に始まりまして、5年おきにデータを取っておりますが、これをご覧いただきますと、変動しておりますが、最近の免除率で2005年はがーんと上がったんですね。これは滞納が増えすぎて、一種の風評被害もあると思いますが、第1号被保険者の19.2%ですね。第1号被保険者というのは、現在何人位いるのかと言いますと2200万人くらいです。それの19.2%というと結構大きい数字ですね。それだけでなくて、左から5列目の滞納率ですが、これは免除は認められなかったけれども保険料を払っていないという人で、これが特に近年急増して来ているわけです。ご覧いただきますと、2002年に37.2%で驚いたわけですけれど、最近もほとんど低下をしていない。2005年までしか書いていませんが、2006年にまた上がっています。これはどうしてかと言いますと、2006年は例の年金記録問題で社会保険庁は滞納対策どころではなくなってしまったのですね。滞納対策の手を抜いたので、また上がってるわけですね。いずれにしても、滞納と免除をたすと5割に達してるわけです。これは凄まじい状況です。(講演録末尾・図1)

(2)厚生年金の空洞化の進行
それでは、あとは大丈夫なのかと言いますと、共済組合は公務員と私学共済なのでそれほどガタガタにはなっていませんが、問題は厚生年金です。厚生年金については、かなりの脱落がある。どういうことを根拠にして言ったかといいますと、厚生年金に入っている事業所の数と同じような民間の事業所が加入するはずの雇用保険に入っている事業所の数が違い過ぎるんですね。雇用保険に加入する事業所と厚生年金に加入する事業所というのはぴったりとは一致しません。適用の違いが若干あるのでぴったりとは一致しないのですが、だけどせいぜい数千の違いならば誤差の範囲だと認められるのですが、これは違い過ぎます。現在で言いますと、雇用保険の加入事業所数は200万、それに対して厚生年金の加入事業所数は160万ですね。こんなに違うはずはないので、我々の間では2割以上の脱落があるはずだと考えていたのですが、総務省が2006年の9月に厚生年金の行政監察をやりまして、その総務省も指摘しているのですね。厚生年金については法人の事業所は全部強制加入です。それから個人事業所についても5人以上の従業員を雇っている事業所は強制加入です。ですから強制加入になっている事業所の内、総務省の調査では約60万事業所が脱落しているということを指摘したのです。もっとも厚生労働省はそんなに多くないと反発はしていますが、総務省の行政監察というので一応出ているのです。したがって厚生年金もかなり揺らいで来ているのですね。もっとも厚生年金の強制適応を免れている企業というのは、大企業ではさすがにありませんから、中小零細企業が多いのです。従って従業員ベースで取りますと、総務省の行政監察結果でも、だいたい7~8%弱の従業員が脱落しているということで、いずれにしても、ここも揺らいでいるという状況があるわけです。

3.社会保険方式と皆年金体制のディレンマ
① 社会保険方式とは何か
先ほど申し上げましたように、公的年金制度が安定的に制度化されていなければ、障害・遺族の場合はもちろんですが、老齢年金についてはリタイア後も安心して暮らせないということになるわけで、ここが一番大きな問題になっているわけです。ところが、先ほど申し上げたように日本の年金制度は社会保険方式を取っている。社会保険方式を取っている限り原理的に皆年金体制なんていうのは不可能なんですね。どうしてかと言いますと、社会保険というのは保険の一種ですよね。但しそれに社会という言葉がくっ付いているのが、民間の保険との違いを生みだして来るわけです。だけど、保険であるということは事実です。①で社会保険方式は何かと書いておきましたが、社会保険方式とは保険原理と社会原理という、ある意味で言うと異なる原理から成り立っているわけです。保険原理というのは何かと言いますと、簡単に言えば民間の保険を想定していただいたらいいわけです。民間の保険を考えてみますと、事前に保険料を負担して、それを条件として保険事故の場合に約束した現金なりサービスなりを提供する。こういう制度です。年金の場合は年金を給付する、医療の場合は医療を給付する。これが保険原理ですね。だからポイントは事前に保険料を拠出しているということであって、それが条件なんです。従って、例えば私がぽっくり死んだとします。そこで、私の女房がこれはえらいことだと言って、日本生命に駆けつけて、今までの5年間なら5年間の保険料を払うから、私の生命保険金をくれと言っても摘みだされるだけですよね。絶対そんなことはしてくれません。事前に保険料を拠出する。これが保険の場合の1つの条件なんです。社会保険と言えども保険なので、拠出がなければ給付はしません。それを私は随分批判してきました。これを排除と名づけて、それが最大の欠陥だというふうに学会で議論してきまして、最初は随分叩かれた概念ですが、最近では定着してきました。
ですから、民間の保険をお考えいただいたらお分かりのように、拠出金を負担していないものは排除されるというのは自明のことですね。そうでないと保険として成り立たないということですね。しかし社会保険なので社会原理というのもがあります。社会原理というのは、社会政策的な配慮から保険原理を部分的に修正してきた。これが社会原理と言われているものです。例えば、どういうふうに修正をするかということをいくつかの例を挙げますと、民間の保険で考えますと、入るか入らないかは任意ですよね。だからみんな生命保険に入らないといけない、ガン保険に入らないといけないというわけではないですね。全く民間保険の場合は任意です。しかし社会保険の場合は、強制加入ですよね。これは、やっぱり任意で放っておくと制度の目的が達せられないということで強制加入にしている。これも社会原理から出てくるのですね。社会政策的な配慮から強制加入にしているというのはその例です。先ほどご紹介しました保険料の減免制度、これも民間では考えられないですよね。だけど社会保険ですからあるわけですね。国民健康保険でもありますが、国民健康保険では保険料を全額免除というのはありませんが、減額してくれるというのはあります。あるいは、保険料を払っていなくてもあげるよというケースもあります。それは、20歳前障害ですね。社会保険に入っている人が障害を負ったら障害基礎年金が出ます。しかし、20歳前に障害を負ったら、例えば先天的にとか幼い時に病気か事故で障害を負ったというケースについて考えますと、日本の年金制度というのは20歳から加入することになっていますね。逆に言えば20歳までは加入出来ないわけです。加入出来ない間の事故、あるいは疾病によって障害を負ったりした時、あなたは加入していないし、保険料を払っていないからだめよとはいえないですよね。ですから、社会政策上の配慮から20歳前障害者に障害基礎年金を給付しますということで満額くれます。これも民間の保険では考えられないことで、社会保険だからあり得る制度ですよね。だから、こういうふうに保険原理を社会原理で修正することになるわけです。だけど、先ほども部分的修正といいましたが、結局は社会保険で保険原理の行き過ぎに制限をかけますが、保険原理が最終的には優位に貫いてくるのです。例えば、老齢基礎年金について言えば、日本の年金制度は今問題になっている1つですが、25年要件と言いまして、25年間の保険料拠出を要求してるわけです。それが25年に満たなければ年金はくれないという制度になっています。ですから、仮にその25年間、免除の期間だとか学生である期間は保険料を払わなくていいよという納付特例者制度がありますが、そういう期間も25年の中に入れていいのですが、とにかく25年なければやっぱり年金はないよという制度を最終的には貫きます。いくつかの点で社会原理が保険原理に修正をかけていますが、最終的には保険原理の方が強いのです。
いわゆる無年金障害者の問題があるわけなんですね。先ほど申し上げたように、20歳を過ぎて保険に入っていない学生は障害を負っても無年金になります。我々の時代は圧倒的多数が年金制度に入ってなかったのですからね。0.1%という加入率です。だから、そういう無年金障害者というのは続出したんですね。例えば、アメリカンフットボールをやっていて首の骨を折ったとか、ラグビーでスクラムを組んでいて押し出されて骨折したとかで障害になるというケースがありますよね。そういうケースで入ってなかったというので門前払いにされている例がいっぱいあります。僅か0.1%しか入っていないような制度というのは、制度の周知の努力が足りないので、そっちの方の問題から認めていくべきですが、今のところは裁判になっていますのが、地裁段階では勝って、高裁段階でぞくぞく負けて行っているというのが現実です。やっぱり保険原理を貫いていってしまうということです。
現在、厚生労働省の調査では老齢年金に関してだけですが、完全に無年金になっている人というのは、65歳以上で44万人いると言われています。これは少ないのではないかとわれわれは思っていますが、一応それを信用するとすると、現在ですでに44万人で、先ほど言いましたように滞納者がこれだけ上がってくると25年要件をクリア出来ない人が今後は続出してきますよね。そうすると、とてもじゃないけど44万人では済まなくなって来るということが予測出来るわけですね。ですから、先ほどから申し上げていますように皆年金体制を社会保険でやろうというのは根本的には違っているということになるわけです。

② 公的年金制度改革の方   ―基礎年金を公費負担方式へ
従って、目標である皆年金体制と手段である社会保険方式がミスマッチを起こしているわけですから、どちらを尊重して制度を組み立てて行くべきかということになりますね。そうすると、私はやはり皆年金という目標のほうを尊重しながら、それに合う財政運営方式を選択する必要があるだろう。そうすると、そこに書いていますように公的年金制度改革の方向としては、基礎年金を現行の社会保険方式から公費負担方式に転換する以外ないだろうというふうに私は考えているわけです。

Ⅰ.公的年金制度に期待される機能  Ⅱ 日本の公的年金制度の仕組みと現状
Ⅲ 日本の公的年金制度の問題点  Ⅳ 基礎年金・公費負担方式化が世論の動向
Ⅴ 公的年金制度のゆくえ


[講師] 佛教大学 社会福祉学部  教授 里見 賢治 氏
■日時:2008年7月30日(水)  ■場所:大阪府社会福祉会館5階第1会議室
『基礎年金・公費負担方式の提案―皆保障体制をめざして』

Ⅲ 日本の公的年金制度の問題点


1.年金給付水準の問題点
① 基礎年金の給付水準
日本の公的制度の1番大きな問題は何かと言いますと、2つありまして、1つは年金給付水準の問題です。分かり易く言いますと年金額の問題だということです。先ほど申し上げましたように、公的年金制度で期待されていますのは、ナショナル・ミニマムを普遍的に保障する。つまり、健康で文化的な最低限度の生活を営めるようなものを保障する。ということに、日本の保障制度はなっていますか?という問題ですね。
1番目は基礎年金の給付水準です。年金とは3つの理由で出てきます。歳を取った場合は老齢基礎年金、重度の障害を負ったという場合は、基礎年金から障害基礎年金というのが出ます。それで、一家の働き手が亡くなったという場合は遺族基礎年金というのが出てくるわけですね。その水準はご承知の通り40年間保険料を納め続けたという場合で、年によって変化しますが、現在の水準は年額792, 100円です。これは月額に直しますと66,008円です。ですから、66,008円で健康で文化的な最低限度の生活が出来るかというと、これは無理ですよね。確実に無理です。生活扶助基準でさえ現在80,000円を超えています。ですから、40年間保険料を納め続けたという場合でさえこの程度の収入です。現在まだ40年間納め続けていない人の方が多いわけですね。例えば、私は大学時代加入していなかったと言いましたが、ですから、私が年金制度と接触をするというのは大学の教師になった時からです。実は大学院の時代にも社会保障なんてやっていなかったのですね。経済政策論というのが私の専門ということになっていました。おまけに、私は大学はすっと4年で卒業しまして、大学院もマスターは2年ですっと出たのですが、ドクターに何故か5年半位いたのです。ですから、全部足しますと10年以上いて、大学の教師になった時は30歳寸前だったのです。それまでは年金制度に入っていなかったわけですね。私は基礎年金から言えば、40年の加入期間を60歳までに満たすことは不可能です。30年ちょっとです。私の基礎年金額はこの額にはならないということが今から分かっているわけですね。大体4分の3位ですから、50,000円行きますかねという位です。とにかく、日本の年金制度というのは社会保険方式を取っていますので、40年保険料を納めた人はこれだけ、30年だったらその分減額しますよ、というやり方を取っています。これが2ページの1番上に書いてある「加入期間比例制」を取っているということになります。従って、とてもじゃないけれどナショナル・ミニマムを普遍的に保障する水準にはなっていないということです。しかも、皆さんもご承知の通り、後期高齢者医療制度というのが今年の4月に始まって大不評ですよね。そのお陰で政府は新たに減免措置を追加するというのでいろいろやっていますが、それで出てくる資料を見ていますと、随分年金の低い人がいるんだなということがよく分かります。年金がこの程度しか無い人には、これだけ減免するとか、例えば基礎年金だけしか無い人は保険料を減額するとかで、基礎年金しか無い人は700万人くらいいるとかで、基礎年金でも満額貰えてない人もいますよね。後期高齢者医療制度というのは年額18万円、年額ですよ。つまり月額1万5千円以上の人は保険料を年金天引きで取るということです。そういう人が現実にいるということですね。年金額が30万円以下の人がどれだけいるのかというデータで、随分いることがはっきりしてきているので、とてもじゃないけれど基礎年金でナショナル・ミニマムを普遍的に保障するなんてありえないということです。

② 厚生年金のモデル年金額の虚構性
では、厚生年金は大丈夫かといいますと、厚生年金も随分いい加減な話ですが、厚生労働省は厚生年金のモデル年金を公表していますので、レジメに書いておきましたのでご覧いただきたいのですが、モデル年金額は基礎年金を入れて232,592円だというのですね。そんなに貰っているのかというと、そうではないのですね。厚生労働省が言っているモデル世帯とは何かと言いますと、夫が40年間厚生年金に加入していて、妻は40年間結婚していてずっと専業主婦であったという、かなり非現実的な場合を指してるんですね。それは兎も角としてこの世帯で年金額が232,592円となると言っているのです。これを分解しますと、妻の分も含めているのです。夫自身の厚生年金と基礎年金と妻の基礎年金と全部たして合計で232,592円になりますよと、こういうことです。夫の分だけで言えば、166,584円で、厚生年金の水準とはその程度だということですね。もちろん、もう少し早くリタイアしている人はもう少しましですよ。だんだん年金の条件は低下してきています。この20年間年金の給付水準は抑える方向でずっとやって来ましたから、じりじり下がって来ています。ですから、もっと早くリタイアした人はもっと高いのですが、これからリタイアするという人の厚生年金というのは、夫分だけで言うと相当抑えられているというのが実態です。従って、年金の給付水準だけでもナショナル・ミニマムを普遍的に保障する水準になっているかという点ではかなり問題があるということです。

2.皆年金体制の空洞化
(1)基礎年金第1号被保険者の免除率・滞納率
それから、それ以上に皆年金体制の空洞化が起こって来ているということです。基礎年金で日本に住んでいる20歳以上の人はすべてどこかの年金制度に入っているはずだというのは建前なんですね。つまり、働いている人はここに入っているはずだ。その配偶者はここに入っているはずだ。自営業だとか学生だとかはここに入っているはずだ。全部はずだという言葉がついています。だけど、実態の方はそうはなっていないということが、随分前から明らかになっている訳ですね。これが基礎年金第1号被保険者で、この人々は保険料を個別に支払っているわけです。この人々の保険料というのは現在月額14,410円で、自営業をやっている人は奥さんも第1号被保険者になりますので、2人分28,820円払うということになっています。では、例えば民間の事業所に勤めている人は厚生年金の保険料としてそこに納めるわけですね。現在、厚生年金の保険料は殆んど15%に近い、14,996%だったと思いますが、月収の15%を本人と雇い主とで折半してるわけですね。企業が半分払い、本人が半分払うのですが、その15%の中に基礎年金の分も含んでるわけです。従って、ここへ払った分の中から基礎年金拠出金という形で支出しています。公務員も同じです。では、第3号被保険者、つまりサラリーマンや公務員に養われている配偶者はどうなるのかといいますと、この人々は個別には保険料を負担していません。では、この人々の年金給付のためにコストがかかりますが、これをどうしてるかと言いますと、例えばこの人の夫が厚生年金に加入しているとすると、厚生年金が配偶者の分もまとめて基礎年金拠出金として払うのです。公務員の場合は共済組合がまとめて払います。夫が負担しているわけでもないのですね。厚生年金全体が負担しているのですから、勿論夫も少しは負担しているのです。だけど、関係のないシングルで働いている男性も女性も、人の奥さんの分をちょっと負担しているわけですね。共働きで働いているご夫婦も、人の奥さんの分をちょっと負担しているわけです。これがいわゆる第3号被保険者問題と言われる問題なんですね。分かり易く言えば、何が悲しくて人の奥さんの保険料まで払わないといけないかということですね。そういう矛盾もはらんでいるのです。
話を戻しまして、第1号被保険者は個別に14,410円を払っています。14,410円というのは、結構きつい額ではありますよね。所得が10万円しかない人にとって14%の負担になりますよね。結構きついので払えないという人が出てきます。そういう人に対してはご承知の通り、社会保険庁が審査して「なるほど、あんたは払えんやろ」と認めてくれるという制度があります。そういうのを免除制度と言います。それから、社会保険庁は認めてくれないけれど、実際払えないというケースもあります。例えば、私が今自営業をやっていたとして、商売がうまくいかなくなって保険料が払えないというのを社会保険庁に申請します。そうすると社会保険庁は私について、持ち家かどうか、民間の生命保険に入ってないかどうかなどを審査します。そして、それをポイントに換算して一定の基準に達したら「なるほど、君は払えない」と言ってくれます。しかし、一定の基準を少しでも越えたら認めてくれないのですね。その時は「あんたは払える」と言います。社会保険庁が「あんたは払える」と言ってくれたからといって、私が突然お金持ちになるわけでもなんでないのですね。苦しいのは苦しいのです。そうすると、やっぱり年金の保険料を払っているよりは女房子どもを食わせるほうが先だというので払わないということになると、これが滞納になるわけですね。これが、特に最近記録的に上がって来ています。ちょっと資料を付けておきました。5ページを開いていただきますと「国民年金の免除率・滞納率の推移」というので、少し細かい表なんですが、左から2列目に免除率というのがあります。この国民年金というのは1961年に始まりまして、5年おきにデータを取っておりますが、これをご覧いただきますと、変動しておりますが、最近の免除率で2005年はがーんと上がったんですね。これは滞納が増えすぎて、一種の風評被害もあると思いますが、第1号被保険者の19.2%ですね。第1号被保険者というのは、現在何人位いるのかと言いますと2200万人くらいです。それの19.2%というと結構大きい数字ですね。それだけでなくて、左から5列目の滞納率ですが、これは免除は認められなかったけれども保険料を払っていないという人で、これが特に近年急増して来ているわけです。ご覧いただきますと、2002年に37.2%で驚いたわけですけれど、最近もほとんど低下をしていない。2005年までしか書いていませんが、2006年にまた上がっています。これはどうしてかと言いますと、2006年は例の年金記録問題で社会保険庁は滞納対策どころではなくなってしまったのですね。滞納対策の手を抜いたので、また上がってるわけですね。いずれにしても、滞納と免除をたすと5割に達してるわけです。これは凄まじい状況です。(講演録末尾・図1)

(2)厚生年金の空洞化の進行
それでは、あとは大丈夫なのかと言いますと、共済組合は公務員と私学共済なのでそれほどガタガタにはなっていませんが、問題は厚生年金です。厚生年金については、かなりの脱落がある。どういうことを根拠にして言ったかといいますと、厚生年金に入っている事業所の数と同じような民間の事業所が加入するはずの雇用保険に入っている事業所の数が違い過ぎるんですね。雇用保険に加入する事業所と厚生年金に加入する事業所というのはぴったりとは一致しません。適用の違いが若干あるのでぴったりとは一致しないのですが、だけどせいぜい数千の違いならば誤差の範囲だと認められるのですが、これは違い過ぎます。現在で言いますと、雇用保険の加入事業所数は200万、それに対して厚生年金の加入事業所数は160万ですね。こんなに違うはずはないので、我々の間では2割以上の脱落があるはずだと考えていたのですが、総務省が2006年の9月に厚生年金の行政監察をやりまして、その総務省も指摘しているのですね。厚生年金については法人の事業所は全部強制加入です。それから個人事業所についても5人以上の従業員を雇っている事業所は強制加入です。ですから強制加入になっている事業所の内、総務省の調査では約60万事業所が脱落しているということを指摘したのです。もっとも厚生労働省はそんなに多くないと反発はしていますが、総務省の行政監察というので一応出ているのです。したがって厚生年金もかなり揺らいで来ているのですね。もっとも厚生年金の強制適応を免れている企業というのは、大企業ではさすがにありませんから、中小零細企業が多いのです。従って従業員ベースで取りますと、総務省の行政監察結果でも、だいたい7~8%弱の従業員が脱落しているということで、いずれにしても、ここも揺らいでいるという状況があるわけです。

3.社会保険方式と皆年金体制のディレンマ
① 社会保険方式とは何か
先ほど申し上げましたように、公的年金制度が安定的に制度化されていなければ、障害・遺族の場合はもちろんですが、老齢年金についてはリタイア後も安心して暮らせないということになるわけで、ここが一番大きな問題になっているわけです。ところが、先ほど申し上げたように日本の年金制度は社会保険方式を取っている。社会保険方式を取っている限り原理的に皆年金体制なんていうのは不可能なんですね。どうしてかと言いますと、社会保険というのは保険の一種ですよね。但しそれに社会という言葉がくっ付いているのが、民間の保険との違いを生みだして来るわけです。だけど、保険であるということは事実です。①で社会保険方式は何かと書いておきましたが、社会保険方式とは保険原理と社会原理という、ある意味で言うと異なる原理から成り立っているわけです。保険原理というのは何かと言いますと、簡単に言えば民間の保険を想定していただいたらいいわけです。民間の保険を考えてみますと、事前に保険料を負担して、それを条件として保険事故の場合に約束した現金なりサービスなりを提供する。こういう制度です。年金の場合は年金を給付する、医療の場合は医療を給付する。これが保険原理ですね。だからポイントは事前に保険料を拠出しているということであって、それが条件なんです。従って、例えば私がぽっくり死んだとします。そこで、私の女房がこれはえらいことだと言って、日本生命に駆けつけて、今までの5年間なら5年間の保険料を払うから、私の生命保険金をくれと言っても摘みだされるだけですよね。絶対そんなことはしてくれません。事前に保険料を拠出する。これが保険の場合の1つの条件なんです。社会保険と言えども保険なので、拠出がなければ給付はしません。それを私は随分批判してきました。これを排除と名づけて、それが最大の欠陥だというふうに学会で議論してきまして、最初は随分叩かれた概念ですが、最近では定着してきました。
ですから、民間の保険をお考えいただいたらお分かりのように、拠出金を負担していないものは排除されるというのは自明のことですね。そうでないと保険として成り立たないということですね。しかし社会保険なので社会原理というのもがあります。社会原理というのは、社会政策的な配慮から保険原理を部分的に修正してきた。これが社会原理と言われているものです。例えば、どういうふうに修正をするかということをいくつかの例を挙げますと、民間の保険で考えますと、入るか入らないかは任意ですよね。だからみんな生命保険に入らないといけない、ガン保険に入らないといけないというわけではないですね。全く民間保険の場合は任意です。しかし社会保険の場合は、強制加入ですよね。これは、やっぱり任意で放っておくと制度の目的が達せられないということで強制加入にしている。これも社会原理から出てくるのですね。社会政策的な配慮から強制加入にしているというのはその例です。先ほどご紹介しました保険料の減免制度、これも民間では考えられないですよね。だけど社会保険ですからあるわけですね。国民健康保険でもありますが、国民健康保険では保険料を全額免除というのはありませんが、減額してくれるというのはあります。あるいは、保険料を払っていなくてもあげるよというケースもあります。それは、20歳前障害ですね。社会保険に入っている人が障害を負ったら障害基礎年金が出ます。しかし、20歳前に障害を負ったら、例えば先天的にとか幼い時に病気か事故で障害を負ったというケースについて考えますと、日本の年金制度というのは20歳から加入することになっていますね。逆に言えば20歳までは加入出来ないわけです。加入出来ない間の事故、あるいは疾病によって障害を負ったりした時、あなたは加入していないし、保険料を払っていないからだめよとはいえないですよね。ですから、社会政策上の配慮から20歳前障害者に障害基礎年金を給付しますということで満額くれます。これも民間の保険では考えられないことで、社会保険だからあり得る制度ですよね。だから、こういうふうに保険原理を社会原理で修正することになるわけです。だけど、先ほども部分的修正といいましたが、結局は社会保険で保険原理の行き過ぎに制限をかけますが、保険原理が最終的には優位に貫いてくるのです。例えば、老齢基礎年金について言えば、日本の年金制度は今問題になっている1つですが、25年要件と言いまして、25年間の保険料拠出を要求してるわけです。それが25年に満たなければ年金はくれないという制度になっています。ですから、仮にその25年間、免除の期間だとか学生である期間は保険料を払わなくていいよという納付特例者制度がありますが、そういう期間も25年の中に入れていいのですが、とにかく25年なければやっぱり年金はないよという制度を最終的には貫きます。いくつかの点で社会原理が保険原理に修正をかけていますが、最終的には保険原理の方が強いのです。
いわゆる無年金障害者の問題があるわけなんですね。先ほど申し上げたように、20歳を過ぎて保険に入っていない学生は障害を負っても無年金になります。我々の時代は圧倒的多数が年金制度に入ってなかったのですからね。0.1%という加入率です。だから、そういう無年金障害者というのは続出したんですね。例えば、アメリカンフットボールをやっていて首の骨を折ったとか、ラグビーでスクラムを組んでいて押し出されて骨折したとかで障害になるというケースがありますよね。そういうケースで入ってなかったというので門前払いにされている例がいっぱいあります。僅か0.1%しか入っていないような制度というのは、制度の周知の努力が足りないので、そっちの方の問題から認めていくべきですが、今のところは裁判になっていますのが、地裁段階では勝って、高裁段階でぞくぞく負けて行っているというのが現実です。やっぱり保険原理を貫いていってしまうということです。
現在、厚生労働省の調査では老齢年金に関してだけですが、完全に無年金になっている人というのは、65歳以上で44万人いると言われています。これは少ないのではないかとわれわれは思っていますが、一応それを信用するとすると、現在ですでに44万人で、先ほど言いましたように滞納者がこれだけ上がってくると25年要件をクリア出来ない人が今後は続出してきますよね。そうすると、とてもじゃないけど44万人では済まなくなって来るということが予測出来るわけですね。ですから、先ほどから申し上げていますように皆年金体制を社会保険でやろうというのは根本的には違っているということになるわけです。

② 公的年金制度改革の方   ―基礎年金を公費負担方式へ
従って、目標である皆年金体制と手段である社会保険方式がミスマッチを起こしているわけですから、どちらを尊重して制度を組み立てて行くべきかということになりますね。そうすると、私はやはり皆年金という目標のほうを尊重しながら、それに合う財政運営方式を選択する必要があるだろう。そうすると、そこに書いていますように公的年金制度改革の方向としては、基礎年金を現行の社会保険方式から公費負担方式に転換する以外ないだろうというふうに私は考えているわけです。